(……まったく……)
懲りもせずに、よくやってくれる、とキースが零した深い溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令のための執務室で。
先刻、部下の一人が持って来た書類、それをバサリと放り出して。
(馬鹿どものせいで、また優秀な国家騎士団員が…)
死んだのだがな、と顰めた眉。
名誉の戦死ならばともかく、実に下らない原因で。
国家騎士団総司令、キース・アニアンを狙った暗殺計画。
マツカのお蔭で、自分は死なずに済んだけれども、部下を何人か失った。
今の地位に就いて以来、何度も繰り返されて来たこと。
それ自体は珍しくないのだけれども、こうして報告書が届けられると…。
(…改めて腹が立つというものだ…)
馬鹿どもは、何も分かっていない、と拳を強く握り締める。
犠牲になった騎士団員は、警備に当たっていた者たち。
いわゆる下士官、世間に名前も知られてはいない。
だから彼らが何人死のうが、暗殺計画は、また実行に移される。
「キース・アニアン」を葬るために。
パルテノンを牛耳る政治家たちや、総司令の座を狙う者たちによって。
(…無能な者ほど、そういった傾向は強いのだがな…)
それにしても、と情けなくなる。
今日の暗殺計画を立てた者より、彼らのせいで死んだ下士官の一人。
(……きっと、将来、有望だった……)
総司令の座にも就けていたかもしれないな、と放り出した書類に目を遣った。
死んだ者たちの名簿に記されていた、明らかにキラリと光る逸材。
今の地位こそ下士官だけれど、彼は必ず出世したろう。
見る者が見れば、そうだと簡単に見抜ける人物。
なのに、その日は、永遠に来ない。
彼の命は失われたから。
国家騎士団総司令の命の代わりに、彼の命が消え去ったから。
もう何人になるのだろうか、こうして失われていった命は。
国家騎士団の未来を託せただろう人物、それが一瞬で木っ端微塵に消し飛ぶのは。
(…あの馬鹿どもに分かりはしないし…)
セルジュたちにも分かるかどうか、と直属の部下たちを思い浮かべる。
彼らは元から優秀だったし、それゆえにジルベスター・セブン以来の大切な部下。
(…しかし、彼らも…)
もっと優れた者がいることにさえも、未だに気付いてはいない。
それどころか、逆に見下す始末。
「コーヒーを淹れるしか能の無いヘタレ野郎」と、あからさまな言葉をぶつけて。
ひ弱で役に立ちはしないと、他の部下の足を引っ張るだけだ、と。
(…どうしてマツカが側近なのか、それも分からないようではな…)
今日、失われた者たちの真価も、彼らには見抜けないかもしれない。
マツカのように「目の前にいても」分からないなら、書類だけではなおのこと。
(……マツカは、特殊な例だとしても……)
本来、存在してはならないミュウだし、その能力も秘されてはいる。
グランド・マザーさえも知らない、マツカが持っている力。
だからこそ「分かりにくい」とはいえ、本当に「コーヒーしか淹れられない」なら…。
(誰がわざわざ、あんな辺境から…)
連れて帰ると思っているのだ、と「見る目の無い部下たち」には呆れるしかない。
セルジュたちの目は、節穴なのだ、と。
そんな彼らには、今日、散っていった下士官の値打ちも、分かるまいな、と。
(……セルジュたちでも分からないなら……)
あの馬鹿どもには無理だろうが、と思いはしても、腹立たしい。
彼らの愚かな計画のせいで、人類が失った希望の一つ。
死んだ下士官が、生きて最前線へと赴いていたら…。
(…ミュウどもの進撃を、少しくらいは…)
食い止められたかもしれないものを、と唇を噛む。
どう考えても負け戦なのが、ミュウとの戦い。
それでも「少しはマシだったろう」と、「時間稼ぎは出来ただろうな」と。
死んだ「彼」さえ生きていたなら、彼が艦隊を指揮していたら。
そうは思っても、その逸材の地位は下士官。
暗殺計画で命を失い、二階級特進の栄誉を得てはいるけれど…。
(その地位でさえも、まだ、艦隊を指揮するまでには…)
至らないのだ、と「彼」の顔写真を思い浮かべる。
まだまだ若くて、少年とさえも見えるくらいの年だった。
教育ステーションを卒業してから、ほんの数年。
(……あの年の頃は、私でさえも……)
単なる「メンバーズ・エリートの一人」で、敬意を払ってくれる者さえ無かった。
明らかに地位の劣っている者や、軍とは無縁の一般人を除いては。
(…もちろん、艦隊の指揮官などは…)
任せて貰えた筈も無い。
実際には「出来る」能力の持ち主でも。
グランド・マザーに目をかけられていても、それと軍での地位とは別。
(私でさえも、そうだったのだ…)
だから無理もないことではあるが…、と分かってはいても、情けなくなる。
「どうして、彼を失ったのだ」と。
今日までに何人、死んだだろうかと、惜しい命を幾つ散らせてしまったのか、と。
(彼らが、生きていたならば…)
変わるかもしれない、ミュウとの戦いの潮目というもの。
人類の負けだと思ってはいても、その日が来るのを数年ばかり先に延ばせたならば…。
(負けるにしても、ミュウどもに一矢報いて…)
痛い目を見せておきさえしたなら、有利になりそうな講和の条件。
ミュウの言いなりに、唯々諾々と従うのではなく、人類からも出せる提案。
(…ノアだけは、人類だけの居住地にしておきたい、とか…)
もっと辺境の惑星にしても、「ミュウが来ない」場所を設けることが出来るとか。
それが出来れば、人類も少しは救われるだろう。
どんなに「キース」が手を尽くそうとも、頑なに考えを変えない者は、変わりはしない。
「ミュウとの共存など、とんでもない」と。
暗殺計画を練るような者も、間違いなく、その類だろう。
彼らのためには「救い」が要る。
「絶対に、ミュウが立ち入らない」場所、彼らの暮らしがミュウに脅かされない場所が。
(…だが、現状では…)
そんな条件など出せはしない、と嫌と言うほど分かっている。
人類は惨めに負けるしかなくて、ミュウの時代が来るのだろう、と。
(彼らさえ、生き延びてくれていたなら…)
今までに死んでいった優れた下士官、彼らが戦力になっていたなら、と口惜しいばかり。
その日を迎えることが出来ずに、無駄に失われた命の数。
(…これが、ミュウどもだったなら…)
事情は違っていたのだろうな、と脳裏に浮かんだ「ソルジャー・ブルー」。
ただ一人きりで、メギドを破壊しに来た戦士。
(あいつは、下士官などではなかった…)
人類の社会に置き換えたならば、国家主席とも言える人物。
しかも、三百年もの長きに亘って、ミュウを率いて来たソルジャー。
(…そんな大物が、最前線に…)
単身、乗り込んで来たというのが、未だに信じられない気持ち。
メギドの破壊に成功しても、彼は生きては帰れないのに。
彼が帰ってゆく筈の船は、躊躇いもせずにワープして消えた。
つまりは、知っていたということ。
「ソルジャー・ブルーは、戻らない」と。
彼の命はメギドで消えると、生き残る可能性は「万に一つもありはしない」と。
(…どうして、そんな決断が出来る?)
自ら最前線に飛び込んで来た、ソルジャー・ブルー。
彼を見送った、モビー・ディックに乗り組むミュウたち。
(……指導者を失ってしまったならば……)
組織はたちまち崩壊するし、士気を保ってゆくのも不可能。
そうだとしか、思えないものを。
ジョミー・マーキス・シンがいると言っても、偉大な指導者が欠けるのは事実。
これが人類なら、どうすることも出来ないだろう。
国家主席を失った穴を、急いで埋めることなど出来ない。
指導者不在の人類軍など、恐らく、烏合の衆も同然。
もはや白旗を掲げるしか無く、ミュウどもの前に屈するのだろう。
逆転のために単身戦いの場へと赴く、無謀とも言える戦士は、誰もいないから。
考えるほどに、理解出来ないミュウたちの思考。
人類ならば、上官のために命を失う者が出るのを、誰も不思議に思いはしない。
今の自分が「そう思う」ように、失った命を惜しみはしても。
「彼さえ、生きていてくれたなら」と、真価に気付いて悔やみはしても…。
(…人類の未来は、彼らに託すべきだ、と…)
彼らの代わりに「キース」が死ぬなど、有り得ないことで、あってはならない。
それでは、組織が壊れるから。
国家騎士団総司令の座を、そんな理由で空けてはならない。
(…私を殺して、代わりに誰かが収まるのなら…)
最初から「代わり」を用意しているし、単にトップが交代するだけ。
暗殺計画を立てるからには、ちゃんと「代わり」を思い定めているだろう。
けれど、あの時のミュウたちは違う。
降って湧いたとも言える災厄、誰も予想などしなかった筈。
(…そんな時に、指導者を失うなどは…)
命取りでしかない筈なのに、と思うけれども、ミュウたちは躊躇いもしなかった。
ソルジャー・ブルーも、彼を見送った者たちも。
(……恐ろしいとしか……)
言いようがないし、理解も出来ん、と背筋がゾクリと凍えるよう。
「やはり、人類はミュウに敗北するのだろう」と。
優秀な人材を捨て駒にして、先のことなど考えないのが人類だから。
未来を築いてくれそうな者を、救おうともしない種族だから。
(…私自身が、最前線に…)
立つことも出来ないような軍では…、と、虚しい気持ちに襲われる。
これからも、それが続くから。
幾つもの命が無駄に潰えて、そうする間に、敗北の時が迫って来るのが見えているから…。
失われてゆく命・了
※地球での会談前夜に、キースがフィシスにぶつけた疑問。指導者が最前線に出て戦う理由。
それをベースに捏造しました、「きっとキースは、前から気になっていた筈だよね」と。