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(すまない、って言ったよね…?)
 確かに言った、とジョミーが捉えたソルジャー・ブルーの言葉尻。
 あの時、ぼくは聞いたんだから、と。
 アルテメシアの遥か上空、其処から落下して行ったブルー。力が尽きて、意識を失くして。
 けれど意識が消えるよりも前に、彼が自分に残した言葉。思念と呼ぶのが正しいけれど。
「ジョミー、すまない…。君を選んで…」
 心から…すまなく…思って…いる…。
 そう言い残して落ちて行ったのがブルー、懸命に追い掛けて彼を救った。
 服が燃えるのもかまわずに。なんとか彼を助けなければと、「ソルジャー、生きて!」と。
 頑張った甲斐はあったけれども、ブルーの命は救えたけれど…。
(…針の筵で、四面楚歌で…)
 此処の居心地、真面目に最悪、と愚痴りたい気分。
 自業自得だからと諦めていても、やっぱり零れてしまう溜息、毎日が辛くてたまらない。
 おまけにソルジャー候補とやらで、サイオンの訓練メニューがガンガン。長老たちのシゴキが半端ない日々、過労死しそうな雰囲気の船、シャングリラ。
 いくら頑張っても、残業手当も出ないから。居残り上等、もっと頑張れとしごかれるから。
 ブラック企業も真っ青な勢い、かてて加えて…。
(…ヤケ食いしたくても、何も無いんだよ…!)
 せめてヤケ食い出来たならば、と溢れる涙。アタラクシアの家にいた頃だったら、ヤケ食いは当たり前だったから。
 学校で教師に叱られた時は、食べて食べまくっていたものだから。
(ポテトチップスに、ハンバーガーに…)
 なんで無いわけ、と怒鳴りたい船がシャングリラ。
 それっぽいブツはあるのだけれども、何処から見たってパチモノばかり。同じポテチでもこうも違うかと、ハンバーガーはこうじゃないんだ、と。


 ヤケ食いだって出来やしない、と今夜も怒っていたけれど。
 ベッドの上で膝を抱えて、昔だったら食べまくれた物を思い出しては、今の自分の境遇を嘆いていたのだけれど…。
(心からすまなく思ってるんなら…)
 ちょっと何とかして欲しいよね、と逸れた矛先。
 なんと言ってもソルジャー・ブルーは、ソルジャーだから。船で一番偉いのだから。
(ヤケ食い用のポテチくらいは…)
 用立ててくれてもいいじゃないか、という気がして来た。このシャングリラにはパチモノが溢れているのだけれども、船の外なら本物のポテチがある世界。アタラクシアも、エネルゲイアも。
(リオが普通に自転車で走っていたんだし…)
 この船の制服でもなかったし、とアタラクシアに帰った日の光景が鮮明に蘇る。
 ダテ眼鏡までかけていたのがリオだし、チャリンコだって持っていた。つまりは船の外の世界で色々調達できるということ。
(眼鏡とか、自転車に比べたら…)
 ポテチくらいは楽勝だよね、と考えてみるポテトチップスの値段。眼鏡一つで幾つ買えるか、自転車だったら、どのくらい…、と。
(きっと山ほど…)
 ベッドの上にドッサリ並べられそうなポテチ。自転車一台分の値段で、眼鏡一つの分の値段で。
 ハンバーガーだって買えるだろうし、他にも色々手に入る筈。
 実際、自転車はあったのだから。リオのダテ眼鏡も、普通の服も、靴も。
(ああいう予算を決めているのも…)
 ソルジャー・ブルーに違いない。今回の作戦用にこれだけ、と決めて渡すのだろう小遣い。予算と呼ぶかもしれないけれど。
 だったら、自分もちょっぴり優遇して欲しい。
 なにしろソルジャー候補なのだし、連れて来たのもソルジャー・ブルーなのだから。
 心からすまなく思っているなら、ヤケ食い用に予算ちょっぴり、ポテチに、それに…。


 ハンバーガーだっていける筈だ、と思い立ったが吉日のジョミー。
 来る日も来る日も、ブラック企業な船でエライ目に遭っているから。残業手当も出ない船だし、居残り上等でシゴキ三昧の毎日だから。
「ソルジャー・ブルー!!」
 起きてますか、と突撃したのがソルジャーの部屋。いわゆる青の間、普通のミュウなら、恐れ多くて入れない部屋。其処へドカドカ踏み込んで行って、スロープも一気に駆け上って。
「…ジョミー?」
 どうしたんだい、とベッドに寝ていたブルーが目を開けたものだから…。
「お小遣い、出して欲しいんだけど!」
「…お小遣い?」
 オウム返しに訊き返したブルー、怪訝そうな顔に向かって言い放った。
「言ったよね、すまなく思っているって!!」
「…は?」
 寝起きだからか、イマイチ分かっていないらしいブルー。確かに「すまない」と言ったくせに。
「だーかーらー! ブルー、言ったと思うんだけど!」
 心からすまなく思っている、と言った筈だ、と繰り返したら。
「ああ、あの時…。それで?」
 どうお小遣いに繋がるんだい、と物分かりが悪いのがソルジャー・ブルー。こんなブラック企業の船に、自分が連れて来たくせに。
「お小遣いだよ、ぼくの分の!」
 ビタ一文だって貰っていない、とブチまけた。来る日も来る日も苦労ばかりで、残業だって当たり前だと。なのに残業手当は出ないし、居残ったってタダ働きだ、と。


「…なるほどね…。ぼくが連れて来たせいで、そうなったと…」
 すまなく思っているのだったら、お小遣いをくれということなのか、と理解したらしい、船で一番偉い人。予算を出せと言うことか、と。
「そうだよ! 今のままだと、ヤケ食いだって出来ないんだから!」
 ポテチも、それにハンバーガーも、と叫んだら。
「…どちらも船にあると思うが?」
「この船のヤツは、ぼくから見たらパチモノだから!」
 なんちゃってポテチでハンバーガーだ、と怒鳴ってやった。本物のポテチはもっと美味しいと、人類の世界のハンバーガー最高と、ホットドッグもピザも外の世界のヤツに限ると。
「すまない…。船ではあれが限界で…」
 君は知らないかもしれないが…。この船では酒も合成なんだよ、だからどうしても…。
 味が落ちるのは仕方ない、と言って貰っても納得出来ない。リオはダテ眼鏡をかけていた上、自転車にだって乗っていたから。普通の服も着ていたから。
「やればなんとか出来る筈だよ!」
 ソルジャー候補のお小遣いくらい、と食い下がってゴネて、頑張って…。
「…分かった。いくら欲しい?」
「えーっと…。家にいた時のお小遣いがアレだから…」
 働いてる分と残業代と…、と破格の金額を請求した。家にいた頃なら一年分に相当する額、それが一ヶ月分のお小遣い、と。
 ソルジャー候補なら危険手当もつくのだろうし、他にも色々、と思い付く限り。
 危険物取扱者に爆発物処理資格はまだいいとしても、勢いに乗って、フグの調理師免許まで。
「……フグねえ……」
 まあ、危険ではあるだろう、と重々しく頷いたソルジャー・ブルー。
 それなら予算を出してやるから、お小遣いの額に相応しい働きをしてくれたまえ、と。


 かくしてジョミーは凄い予算を勝ち取った。
 教育ステーションを卒業したての新人だったら、貰える筈もない額を。下手をしたなら、もう少し後に出会うキースの初任給より高かったかもしれないお小遣いを。
(これから毎月…)
 こんなに沢山貰えるわけで、とホクホクのジョミー。
 読みの通りに、ソルジャー・ブルーは船の金庫を握っていたから。青の間の奥にドッサリ置いてあった現ナマ、そこから束で貰えたから。
(もう明日からは…)
 好きなだけポテチ食べ放題で、ハンバーガーにピザにホットドッグ、とスキップしながら青の間を後にしたジョミー。
 「頑張ります」とブルーに約束をして。「一筆入れろ」と睨まれたから、サインもして。
 明日からヤケ食いし放題だし、サインくらいはお安い御用。
(どんなにシゴキが凄くったって…)
 残業に居残り上等だって、と弾む足取り、本物のポテチが待っているから。ハンバーガーだって食べられるわけで、これだけあったら食べ放題の日々だから。
 けれど…。


(…フグの調理師免許を取りたいと…)
 他のはともかく、フグを何処から調達しようか、とソルジャー・ブルーが浮かべている笑み。
 シャングリラにフグはいないわけだし、誰かを派遣しなければ、と。
 市場までフグを買いに行くために、シャングリラの外の世界まで。人類が暮らす育英都市へ。
(…ジョミーの頭は、そこまで回っていなかったしね?)
 本物のポテチを買いに行けるのはいつのことやら、とクスクスと笑うソルジャー・ブルーは、ダテに長生きしていなかった。
 予算はサラッと出したけれども、それに見合った働きに期待。
 いつかジョミーが自分の力で、ポテチやハンバーガーをサクッと買いに出掛けるくらいの腕前、瞬間移動その他を頑張るようにと。
 テラズ・ナンバー・ファイブの監視もサラッとくぐって買い食いを、と。
(危険物取扱者に、爆発物処理…)
 その辺はハードル高めだからして、まずは調理師免許から。…フグの。
 ジョミーは一筆入れて行ったし、この先は文句は言わせない。爆発物処理も、他の訓練だって。
(心からすまなく思っているから…)
 あれだけ出してやったんだ、とソルジャー・ブルーは明日の朝イチでリオを呼ぶつもりだった。
 「すまないが、フグを買って来てくれたまえ」と。
 ジョミーはこれから頑張るらしいし、とにかく最初はフグなんだよ、と…。

 

        勝ち取った予算・了

※ブラック企業なシャングリラ。お小遣いを貰っても、使える場所が無いんですけど…。
 読み間違えたらしい、ジョミーの悲劇。明日からフグを捌くようです、頑張れとしか…。





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(…嘘だ…)
 どうしてこんなことに、とシロエが呆然と見詰めるもの。
 膝の上に一冊、大切なピーターパンの本。幼かった頃に両親がくれた宝物だけれど。
 今もこうして持っているけれど、問題は…。
(…パパもママも…)
 ぼくの家も、と眺めた暗い窓の外。漆黒の宇宙。瞬かない星が散らばるだけの。
 強化ガラスの窓に映った自分の顔。気付けば宇宙船の中。
 故郷の星は何処へ行ったのか、アルテメシアをいつ離れたのか。自分が育ったエネルゲイアも、後にしたという記憶が無い。
 気付けば船の中にいただけ。他の子供たちと一緒に座って、運ばれる途中だっただけ。
 ピーターパンの本だけを持って。…他には何も持たないままで。
(…ぼくの記憶…)
 忘れなさい、と命じた機械。「捨てなさい」と冷たく言い放った機械。
 テラズ・ナンバー・ファイブと名乗った異形のコンピューター。
 それが何もかも奪ってしまった、大切なものを。
 目覚めの日までの人生の全て、子供時代の何もかもを。
(思い出せないよ…)
 何度試みても、何度挑んでも。
 掴もうと何度探ってみたって、まるで取り戻せない沢山の記憶。
 大好きだった両親の顔も、育った家も。
 自分の家が何処にあったか、そんな基本のことでさえも。


 何もかも全部奪われたんだ、と見詰めるピーターパンの本。
 「ぼくにはこれしか残らなかった」と、「全部失くした」と。
 ぱらりとページをめくってみたって、戻っては来ない失くした記憶。
 機械が奪ってしまった記憶。
(二つ目の角を右に曲がって…)
 後は朝までずうっと真っ直ぐ、そうすれば行けるネバーランド。
 行き方は本に書いてあるけれど、自分の家への帰り方は何処にも載っていなくて。
(…パパ、ママ…)
 家に帰りたいよ、と零れそうな涙を指で拭ったら。
 「食事ですよ」
 何にしますか、と笑顔で覗き込まれた。
 船の乗員らしい女性に、制服を着た若い一人に。
 肉料理がいいか、魚料理にするか。それとも肉や魚は抜きか。
「えっと…」
 今はそういう場合では、と途惑いながら顔を上げたら、微笑んだ女性。
「あらまあ…。ピーターパンの本ね、昔、読んだわ」
 にこやかに語り掛けられた。
 成人検査を終えたばかりで不安だろうと、けれども、誰でもそんなものだと。
 そして親切に見せて貰えた、「特別よ?」と。
 肉料理はこれで、魚料理はこれ。肉も魚も抜きの食事はこれになるの、と。
 「どれでもいいわよ」と言って貰えたから、「これ…」と指差したトレイの一つ。
 女性はテーブルをセットしてくれて、「どうぞ」とトレイを上に乗せてくれた。
 「本を汚さないように気を付けてね」と、「はい」と膝の上にナプキンだって。
 とても優しくしてくれた女性。
 「船にいる間は何でも言ってね」と、「困った時には呼んで頂戴」と。


 ホッと一息つけた瞬間。
 優しい人だって乗っているのだと、誰もが悪人ばかりではないと。
 悪いのは機械、記憶を奪った憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
 けれど…。
(…E-1077…)
 この宇宙船が向かってゆく先。エリートを育てる最高学府。
 其処に着いたら、何もかもが変わってしまうのだろう。
 さっきの優しかった女性は、ただの客船の乗務員。エリートなどではない人種。
(…そんな人だから、優しいんだ…)
 足の引っ張り合いなどは無いし、トップ争いをする世界でもない。
 失くしてしまった父や母がいた、あの懐かしい故郷と同じ。穏やかに時が流れる世界。
(…船を降りたら…)
 きっと全く違う世界があるのだろう。
 両親や故郷の記憶さえをも、消し去ってまでも馴染むべき世界。
 毎日がエリート同士の戦い、ライバル同士で蹴り落としたり、引き摺り落としたり。
(……嫌だ……)
 そんな所には行きたくないよ、と思うけれども、決められた進路。
 機械が勝手に決めてしまって、もう引き返せはしない道。
 どんなに嫌だと泣き叫んだって、この船で泣いて暴れてみたって。
(…ネバーランドに行きたかったのに…)
 ネバーランドよりも素敵な地球へ、と今も覚えている自分の夢。
 それはすっかり狂ってしまって、気付けば独り、宇宙船の中。
 他に乗っている子供たちも皆、ぼんやりとした様子だけれど。
 言葉も交わさず、黙々と食事の最中だけれど…。
(…みんな、ライバル…)
 この船がステーションに着いたら。
 E-1077に着いて降りたら、誰もがライバル。
 其処はそういう場所だから。エリートのための教育ステーションだから。


 エリートになるより、あのまま故郷に、エネルゲイアにいたかった。
 父と母のいる家でずっと過ごして、いつかはネバーランドへも。
(ぼくの本…)
 この本だけは持って来られた、とピーターパンの本を抱き締めたけれど。
 食事の途中で抱き締めていたら、さっきの女性が通路を通って行ったけれども。
 「とても大切な本なのね?」と、「汚さないように気を付けてね」と。
 優しい言葉に「うん!」と大きく頷いたけれど、考えてみれば。
(…E-1077…)
 エリートが足を引っ張り合う場所、そんな所でピーターパンの本を大事にしていたら。
 大切に抱えて持っていたなら、いったい何を言われることか。
(きっと、馬鹿にされて…)
 この本をくれた両親のことも、嘲笑われるに違いない。
 「そんなの、子供が読む本なんだぜ」と、「見ろよ、こんなの持ってやがる」と。
 甘やかされて育ったんだと、だから子供の本なんか、と。
 とてもエリートに見えはしないと、こんな子供を育てた親も愚かな親に違いない、と。
(ぼくのパパは…)
 凄いパパだったのに、と思うけれども、思い出せない父の職業。
 研究者だったか、技術者だったか、その区別さえも。
 優しかった母も思い出せない、顔立ちも、瞳の色でさえも。
(…パパ、ママ…)
 ぼくは怖い所に連れて行かれる、と抱き締めたピーターパンの本。
 優しい人なんか誰もいなくて、怖い人ばかりに違いないよ、と。
 友達だって出来はしなくて、誰もかも、皆、ライバルばかり。
 何かと言ったら競い合いで喧嘩、そんな所に行かされるんだ、と。
(…どうしたらいいの?)
 怖いよ、と唇を噛んでみたって、降りることは出来ない宇宙船。
 エネルゲイアに帰れはしなくて、船の乗務員の優しい女性ともお別れで…。


 記憶を失くしてしまったことも悲しいけれども、これから先の自分の運命。
 それが怖くてたまらない。
 きっと自分は上手くやってはゆけないから。
 父と母が大好きで、ピーターパンの本が宝物の子は、苛められて酷い目に遭うだろうから。
 「お前なんか」と、「なんだよ、まるで子供じゃねえか」と。
 「パパとママの家に帰ったら?」だとか、「子供はとっくに寝る時間だぜ?」だとか。
 帰れるものなら帰りたいのに。
 両親の家に帰りたいのに、子供のままでいたかったのに。
(だけど、ステーションじゃ…)
 そんな子供は苛められる、と本を抱き締める間に、「食事はいいの?」と尋ねられた。
 「殆ど食べていないわよ?」と、さっきの女性に。
 「…大丈夫…。ぼく、あんまり…」
 食べたい気分にならないから、と彼女に返した食事のトレイ。
 暫く経ったら、籠を手にして来てくれた女性。
 「ほら、キャンディー」と、「後でお腹が空くだろうから、好きなだけ取って」と。
 その優しさがとても嬉しくて、「ありがとう!」と沢山貰ったキャンディー。
 ストロベリーやら、レモン味やら、他にも色々。
 包み紙を剥がして、一つ口に入れて。
(…あの人とだって、じきにお別れ…)
 そしてとっても怖い所へ、と震わせた肩。
 父と母が好きな子供は苛められる世界、ピーターパンの本が馬鹿にされる世界。
 其処へ自分は連れてゆかれると、どうすれば生きてゆけるのかと。
(パパもママもいなくて…)
 ピーターパンの本も、持っているだけで馬鹿にされて…、と震える間に閃いたこと。
 馬鹿にされるなら、そうならなければいいのだと。
 揚げ足を取られなければいいと、自分が隙さえ見せなければ、と。


(…攻撃は最大の防御だっけ…?)
 そういう言葉を何処で聞いたか、あるいは本で読んだのだろうか。
 とにかく先に攻撃すること、それが自分を守ることになる。
 E-1077が怖い場所なら、自分から打って出ればいい。
 誰も自分を襲えないよう、自分が強くなればいい。
(…ぼくの中身は弱いままでも…)
 父と母が好きで、ピーターパンの本が宝物でも、それがバレなければオールオッケー。
 噛み付かれる前にガブリと噛んだら、蹴られる前に蹴り飛ばしたら。
(…そういうヤツだ、って思われたなら…)
 誰も自分に寄って来ないし、バレるリスクが低くなる筈。
 話し掛けようとする者が減ったら、減った分だけ。
 会話の数が減っていったら、その分だけ。
(…嫌がられるヤツになればいいんだ…)
 何かといったら皮肉ばかりで、憎まれ口を叩くキャラ。
 そういう自分を作り上げたら、誰も近付いては来ない筈。
 ピーターパンの本を持っていたって、指摘されたら、「ああ、これ?」とフンと鼻で嗤って。
 「ちょっとした事故で、ぼくの持ち物になっちゃってさ」と、「捨てるのもね?」と。
 「ゴミに出すより、持っていたならプレミアがつくかもしれないから」と。
 いつか高値がついた時には、売り飛ばして儲けるんだから、と。
(君たちには真似が出来ないだろ、って…)
 持っていない物は売れないもんね、と唇に浮かべた微かな笑み。
 嫌な人間になってやろうと、攻撃は最大の防御だから、と。
(…この船を降りたら…)
 とても嫌がられる生意気なヤツになってやる、と固めた決意。
 ついでに機械にも嫌われてやると、生意気なシロエに手を焼くがいい、と。


 かくして出来上がったのが、皮肉屋で嫌味を飛ばしまくりのシロエ。
 乗って来た船を降りる時には、例の女性に「ありがとう」と御礼を言っていたのに。
 とても素直な子だったのに。
 新入生ガイダンスの時にホールにいたのは、とびきり「嫌なヤツ」だった。
「さあ、手を取り合いたまえ。共に地球を構成する仲間たちよ」
 そう促したのがガイダンスで流れた映像だったけれども、それに応えて伸ばされた手。
 隣の男子が「よろしく」と差し出した手を、「触らないでくれる?」と払いのけたシロエ。
 「君の手、なんだか汗っぽいから」と、「気持ち悪いね」と。
 それがシロエの第一声。
 周りの新入生たちはドン引き、誰も怖くて近寄れなかった。「なんてヤツだ」と。
 ガイダンスでそうやってのけたら、後は闇雲に突っ走るだけ。
 誰もに憎まれ口を叩いて、皮肉と嫌味をガンガン飛ばして。
(…ぼくに触ると…)
 火傷するって覚えておけよ、とシロエのキャラは見事に変わった。
 ただし外面、中身は今でも…。
(…パパ、ママ…)
 帰りたいよ、と部屋で抱き締める大切なピーターパンの本。
 けれども部屋から一歩出たなら嫌味MAX、誰もに喧嘩を売ってばかりの嫌なヤツ。
 攻撃は最大の防御だから、と頑張りまくって、嫌われまくり。
 それがシロエの狙いなのだし、思い切り成功しているけれど…。


(高校デビュー…)
 あれは死語だと思っていたのに、と溜息をつくマザー・イライザ。
 ミュウ因子を持つシロエを此処まで連れて来たけれど、まさか高校デビューするとは、と。
 もうちょっとばかり苦労するかと、馴染めずに泣きが入ると踏んでいたのに、と。
(…この調子だと…)
 いい感じにキースに喧嘩を売りそうだけれど、帳尻は合ってくれそうだけれど。
 もう少しばかり弱いキャラかと、まさか自分のキャラを変えるとは、と。
 溜息をつくマザー・イライザ、機械にも読めなかったこと。
 SD体制の時代に高校デビュー、それを華麗に果たしたシロエ。
 高校ではなくて教育ステーションだけれど、最高学府と名高いEー1077だけれど。
 それでも果敢に高校デビュー。
 キャラを切り替えたシロエは今日も嫌味MAX、同級生に売っている喧嘩。
 「君たちなんかと組まされた、ぼくの身にもなってよ」と。
 「足を引っ張って欲しくないね」と、寄るな触るなと嫌われ者オーラ全開で…。

 

      反逆のシロエ・了

※子供時代は可愛かったシロエ。どう転がったら、あのクソ生意気なキャラになるやら…。
 ふと思い出した言葉が「高校デビュー」、そういうことなら仕方ない、うん。





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(伝説のタイプ・ブルー…)
 あれがオリジン、とキースの脳裏に浮かんだ顔。
 旗艦エンデュミオンの一室、指揮官用にと設えられた部屋で。
 モビー・ディックの中で出会ったアルビノの男、ソルジャー・ブルー。
 実在するとは思わなかった。
 今もなお生きていたなどとは。
 かつて確かに存在したモノ、けれど途絶えたその痕跡。
 モビー・ディックがアルテメシアを離れた後には、掴めなくなった彼の消息。
(…ジョミー・マーキス・シンの方なら…)
 自分も確かにこの目で見たから、ジルベスター星系に来る前に既に知っていた。
 ソルジャー・ブルーの次のソルジャー、ミュウの長だと。
 彼が自らそう名乗ったから、E-1077を思念波攻撃した時に。


 あの頃、自分は知らなかったM。ミュウを示す言葉。
 メンバーズとしてミュウを学ぶまでには、暫くかかった。
 其処で教えられた、ソルジャー・ブルー。
 彼が最初に発見されたと、最強のタイプ・ブルーだったと。
 ただし、アルテメシアを出てゆくまでは。
 それよりも後の消息は不明、恐らく死亡したのだろうと。
 今のミュウの長は、別人だから。
 ジョミー・マーキス・シンなのだから。


 モビー・ディックに囚われてからも、その名を耳にしなかった。
 だから「いない」と信じていた。
 もう死んだのだと、過去のものだと。
 彼がどれほど強かろうとも、死んだのでは何の意味もない。
 敵として出会うことなどは無いし、今のソルジャーでは足りない手応え。
 伝説の男は強かったろうかと、それとも彼もこの程度かと嗤ってもいた。
(…いくら私を捕えても…)
 心を読むことも出来ない男が、ソルジャー・シン。
 ミュウの長でも、その程度。
 子供を使って入り込むのが精一杯。
 それ以上のことは出来はしないと、自分の敵とも言えはしないと。
 何も情報を引き出せないなら、ミュウに勝機は無いのだから。
 たとえ自分を殺したとしても、代わりは幾らでもいるのだから。


 そう思ったから、嘲笑ったミュウ。
 いずれ殲滅されるだろうと、その人柱でもかまわないと。
 自分の消息が此処で消えたら、次は艦隊がやって来るから。
 有無を言わさず殲滅するから、そうなるのを待っているがいいと。
(…だが、あの男…)
 死んだとばかり思った男。
 伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルー。
 彼に出会って、負けを悟った。
 勝てはしないと、自分の負けだと。
 たまたま運良く生き残れただけ、ミュウの女が何かしただけ。
 どういうわけだか自分を庇った、同じ記憶を持つ女。
 あれが自分を庇わなければ、きっと殺されていただろう。
 防ぐ間も無く、あの一瞬で。
 頭の中身を木っ端微塵に打ち砕かれたか、心臓を握り潰されたか。
 そんな所だと分かっている。
 「アレなら出来る」と、「私の力では防げなかった」と。
 彼がそうすると読めなかったから。
 殺意の欠片も見せることなく、あの男はそれを放って来たから。


(…本当に、よくも助かったものだ…)
 死なずに此処へ来られたとは。
 ミュウの殲滅に向かう艦隊、その指揮権を任されるとは。
 本当だったら、自分は生きて此処にはいない。
 ソルジャー・ブルーが放った一撃、あれに息の根を止められて。
 死骸になって宇宙に棄てられ、それをマツカが拾えたかどうかも危ういくらい。
 「行方不明」とだけ上がる報告、後はグランド・マザーの判断。
 やはりあの星は怪しいと。
 ミュウの巣だから滅ぼすべきだと、彼らが宇宙に広がる前に、と。
 きっと同じにメギドは用意されただろう。
 こうして自分が依頼せずとも、グランド・マザー直々に。
 星さえ砕けばミュウは消せるし、モビー・ディックも破壊出来るから。
(…私は運が良かっただけだ…)
 人質に取った、あの女。
 あれがいなければ死んでいたのだと、負けだったのだと分かっている。
 易々と心に入られたから。
 心の中身を読み取られたから、ソルジャー・ブルーに。


 なんとも無様な負けっぷり。
 ミュウの女に庇われたのなら、それで危険に気付くだろうに。
 次は何かと構えるだろうに、その前に読まれていた心。
 誰も読めない筈なのに。
 ジョミー・マーキス・シンには、無理だったのに。
(あのまま、いたなら…)
 どうなっていたか、今頃は。
 人質を二人取っていたから、辛うじて逃げ延びられただけ。
 「人質を一人、解放しよう」と、子供を放り投げたから。
 ソルジャー・ブルーの注意を逸らして、その隙に船に逃げ込めたから。
 もう一人、人質を引き連れたままで。
 ミュウの女を放さないままで。
(…もしも、人質が一人だったら…)
 そんな姑息な手は使えなくて、ソルジャー・ブルーに殺されていたか、捕えられたか。
 心を読めるくらいなのだし、ソルジャー・シンよりも遥かに強い。
 彼とまともに対峙していたら、きっと命は無かっただろう。
 人質無しで出会っていたら。
 その人質がいたとしたって、一人しか連れていなかったなら。


 尻尾を巻いて逃げるしか無かった、あの格納庫。
 余裕の欠片もありはしなくて、それから後も運が良かっただけ。
 たまたまマツカが来合わせただとか、人質が価値あるモノだったとか。
 ソルジャー・シンが自ら飛んで来たほど、大切らしいあの女。
(…あれが下っ端の女だったら…)
 やはり無かったろう命。
 躊躇いもなくミサイルが来るとか、遠隔操作で船ごと爆破されるとか。
 「シールドすれば助かる筈だ」と、「ミュウの女なら出来るだろう」と。
 重要人物だったからこそ、ミュウどもが手出しを躊躇っただけ。
 他に手段が何か無いかと、いきなり爆破は無礼すぎると。


(…本当に、運が良かっただけだ…)
 自分が生きて此処にいるのは。
 メギドを携え、ジルベスター星系へとミュウを滅ぼしに行けるのは。
(そして、あそこには…)
 今もソルジャー・ブルーがいる筈。
 あれで終わるとは思えない。
 きっと彼なら出て来るのだろう、他の者では手に負えないと知ったなら。
 メギドの炎で燻し出したら、あの時、自分に向けた闘志を此方へと向けて。
 今の長では、まるで話にならないから。
 人類に勝てはしないから。
(私一人が逃げ出しただけで…)
 大混乱だった船の中。
 彼がきちんと指揮していたなら、あんなことにはならないから。
 ソルジャー・ブルーが出て来なかったら、自分はまんまと逃げおおせていた筈だから。


 敵と呼べるのは、きっとソルジャー・ブルーだけ。
 自分と戦い、勝ちを収めることが出来るのも、きっとソルジャー・ブルーしかいない。
 そんなつもりは無いけれど。
 彼に容易く倒される気は無いけれど。
(…しかし、アレなら…)
 自分を殺す力を持っているのだろう。
 現に自分は殺されかけたし、生きているのが不思議なほど。
 アレにもう一度会いたいと思う、真正面から。
 一対一で彼に会ったら、どちらが死ぬのか、どちらが生きるか。
 それを無性に知りたいと思う、生き残れるのは何方なのかと。
 ソルジャー・ブルーか、自分なのかと。


(…負けたままでは…)
 尻尾を巻いて逃げたままでは、きっと一生、彼に勝てない。
 メギドの炎が彼を焼いても、星ごと砕いてしまっても。
 それは自分の力ではなくて、メギドの破壊力だから。
 自分は「発射!」と命令するだけ、他の者でも、それこそ部下でも出来るのだから。
(……ソルジャー・ブルー……)
 此処へ出て来い、と握り締めた拳。
 メギド如きに滅ぼされるなと、生きて私の前に立てと。
 そうすれば、仕切り直せるから。
 今度こそ自分が勝ちを収めて、真の勝者となってやるから。


(…私を殺せるような男を…)
 敵に出来たら、そして勝てたら、きっと爽快だろうから。
 ジルベスターまで来た価値があるから、もう一度チャンスが欲しいと思う。
 あの伝説のタイプ・ブルーと、ソルジャー・ブルーと戦える場所。
 それが欲しいと、たとえ負けても構わないからと。
 彼ともう一度向き合えなければ、戦えなければ、ずっと負け犬のままだから。
 尻尾を巻いて逃げて行ったと、運が良かっただけの男だと、きっと嗤われるだけだから。
 ソルジャー・ブルーに、あの男に。
 自分を窮地に追い込んだ男、殺すことさえ出来る力を秘めた男に。
 「地球の男は、あの程度か」と。
 メギドに頼らねば勝てないのかと、よくも偉そうな口を叩けたと。
 そうならないよう、今はチャンスを願うだけ。
 ソルジャー・ブルーが出て来ることを。
 メギドの炎に滅ぼされずに、生きて再び自分を殺しにやって来ることを…。

 

        伝説のミュウ・了

※自分が本当にソルジャー・ブルーのファンなのかどうか、疑われそうなブツを書いた気が…。
 ブルーのファンには間違いないです、根っからのブルー・ファンです。マジで…。





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(第一段階は、計算通り…)
 上手くいった、とマザー・イライザが眺めるキース。
 グランド・マザーの期待通りに、キースと接触してくれたサム。何の手段も講じなくても。
(…なんとも冴えない候補生だけれど…)
 それがイマイチ不満だけれども、グランド・マザーの絶対命令。
 エリートとしてのサムの才能など、最初から夢を持ってはいない。落ちこぼれない程度について行けたら、上等だと思うべきだろう。
 サムがE-1077にやって来たのは、単なる人脈だったから。
 人脈と言っても、裏口だとか、誰かの口利きなどではない。もう本当にサムの人脈、彼の故郷での友が問題。グランド・マザーの読みが当たっていれば…。
(ミュウの次の長は、ジョミー・マーキス・シン…)
 アタラクシアでのサムの親友、それが後釜に座る筈。
 長い年月、忌々しいミュウを纏めていた長、ソルジャー・ブルーがいなくなったら。
 ミュウの次の長を友に持つサム、誰よりもキースに相応しい友。
 なにしろキースは特別なのだし、その友人にも選りすぐりを。
 才能の有無とは関係なく。人脈や特性、そういったものが非常に大切。もう少ししたら、サムと同じにジョミーの友人だった人間。それがもう一人…。
(やって来る筈…)
 今度は女性で、名前はスウェナ。
 到着する時には、乗っている船を事故らせて…、と尽きない計算。
 いずれはミュウの因子を持った少年、そういう人材も必要になる。理想の指導者、キースの才能を華麗に開花させるためには。


 まずは第一段階クリア、と大満足なマザー・イライザ。
 何もせずとも、サムはキースと握手したから。人がいいらしいサムの性格、この先もきっと計算通り。キースとすっかり友達になって、いずれは其処にスウェナが加わる。
(私の子…)
 素晴らしいキース、と自画自賛してしまう、作り上げた子供。
 三十億もの塩基対を繋いで、DNAから紡いだキース。今日、水槽から出したばかりで、この先はキースが自分で歩く。
 あらかじめ敷かれたレールの上を。
 サムという友も、近く来る予定のスウェナも、その時に起こる事故だって。
 キースがもっと成長したなら、ミュウの因子を持った下級生を迎え入れて…、と先の先まで敷いてあるレール、キースは其処を走ってゆくだけ。
 完全無欠なエリートとして、完璧な指導者への道を。メンバーズへ、そして国家主席へと。
 その日が来るのが待ち遠しい、とマザー・イライザの夢は大きいのだけれど…。


(サム・ヒューストンか…)
 知り合いが出来た、と認識したキース。何故だか妙に肌が合うな、と。
 まるで前から知っていたように。さっき出会って、握手したばかりとは思えないほどに。
(多分、故郷で…)
 似たような知り合いがいたのだろう、と考えるキースは気付いていない。自分に過去の記憶が無いとは、何も覚えていないとは。
 なのに「故郷」だとか「知り合い」と思う、その原因は新入生ガイダンス。
 誰もがこういう風に育った、と映し出された映像、それを自分に当て嵌めただけ。自分では全く意識しないで、自分の過去もこんな具合、と。
(…サムか…)
 知り合いに似ている人間だったら、違和感も感じないだろう。初対面でも、初めて耳にした名前でも。そういうものだ、と弾き出した答え、過去の記憶は無いままで。
 それから後は、マザー・イライザの計算通り。
 サムに誘われた食事が切っ掛け、一気に仲のいい「友達」。
 宇宙船の事故が起こった時にも、サムが一緒に来てくれたほど。ますますもって深まる友情、親しみが増す一方だけれど。
 キース的には嬉しい出来事、マザー・イライザにしても、オールオッケー。
 これで順調、と機械に親指があれば、グッと立てたいほどだけれども…。


 実はキースとサムの友情、それには凄い伏線があった。
 マザー・イライザも気付いていない伏線、何故なら、キースは「人間」だから。
 無から作った存在とはいえ、何処から見たって人間の筈。身体も頭脳も、何もかもが。
(私の理想の子、キース…)
 悦に入っているマザー・イライザ、その報告を聞いて喜ぶグランド・マザー。
 どちらも気付いていなかった。
 強化ガラスで出来た水槽、その中だけで育った人間がどうなるか。
 ずっと昔にミュウが攫った、キースを作る基本になった女性体。そちらのデータは、追跡不可能だったから。ミュウが攫って行った時点で、行方不明になっていたから。
(どうせ、あちらは処分予定で…)
 その直前にミュウが攫っただけだし、と考えているマザー・イライザ、それはグランド・マザーも同じ。後のことなど知ったことか、と。
 けれど、問題は「その後」にあった。
 ミュウが掻っ攫った女性、フィシスの「その後」が分かれば、せめて攫われる直前までデータを取っていたなら、あるいは分かっていたかもしれない。
 水槽育ちの無から生まれた人間の場合、普通とは事情が異なるのだと。
 人間では起こらない筈の「刷り込み」、それが発動するのだと。


 刷り込みと言ったら、カモが有名。
 卵から孵って最初に見たもの、それを親だと思う現象。
 「水槽育ちの人間」で起こると、刷り込みは少し違ってくる。水槽で育つ間に目にした人間、中でも一番フレンドリーな者。そういう人間に懐く仕組みで、水槽から出した途端に起動。
 本人も、気付かない内に。
 懐く対象になりそうな人間、それに出会ったら入るスイッチ。
 ミュウが攫ったフィシスの場合は、実験室へと通い詰めていたブルーに懐いた。ブルーが研究所時代の記憶をスッパリ消してしまっても、刷り込みで。
 「この人が一番、フレンドリーだった」と、「この顔の人に何度も会った」と。


 それと同じに、キースの方でも起こった刷り込み。
 マザー・イライザは人間をデータで判断するから、まるで気付いていなかっただけ。
 水槽時代のキースを世話した人間、研究者の中でも一番の古株だった初老の男性。彼の雰囲気がサムに似ていたことに。
 顔のパーツも体格も全く似てはいないのに、「人間」が見たなら「似ている」と思う、そういう人種。何処がどうとは言えなくても。
 年恰好も何もかも別物なのに、「ああ、似ているな」と人間だったら気付くこと。
 そう、後にサムがシロエを目にして、「ジョミーに似ている」と評したように。
 あんな具合に、キースを世話した研究者の男性はサムに似ていて、起こった刷り込み。
 マザー・イライザの計算以上に、グランド・マザーの思惑以上に、キースはサムにしっかりすっかり懐いてしまった。
 フィシスがブルーに懐いたように。無条件に信頼していたように。
 キースも同じに、サムに懐いたものだから…。


 上手い具合に運んだ筈の、キースにサムを近付けること。
 ジョミー・マーキス・シンの存在をキースに知らしめることも、シナリオ以上の成果を上げた筈だったのに。
 ミュウが計画した思念波通信、それのお蔭で劇的な効果があったと、機械は頭から信じて疑いもしなかったのに…。
(……サム……)
 どうして、とキースが噛んだ唇。
 E-1077を離れて十二年が経った後、サムの病院を訪れて。子供に戻ったサムに出会って。
 其処から狂い始めたシナリオ、元は刷り込みだったから。
 キースにとっては、サムは「友達」以上の存在だったのだから。


(ミュウどもめ…)
 よくもサムを、と今は仇討ちに燃えるキースだけれども、これがグランド・マザーの破滅に繋がるカウントダウン。
 友達以上の存在だったサムを失くしてしまって、キースの感情は激しく揺り起こされたから。
 「人間らしい」キースが目覚めて、その後はずっと、それに従って動くから。
 手始めにミュウだったマツカを見逃がし、次から次へと狂う歯車。
 もはや機械には、どうしようもない方向へ。
 刷り込みのお蔭で生まれた友情、それはブルーとフィシスの絆と同じに、キースにとっては大切すぎるものだったから…。

 

         刷り込みの誤算・了

※キースとサムの出会いはマザー・イライザの計算通り、というのがアニテラ設定。
 仲良くなるよう刷り込んだのかも、と考えていたらこういうネタに。水槽育ちですもんねv





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(…おや?)
 どうなったんだ、とソルジャー・ブルーが見開いた瞳。
 ちゃんと両目で見えているから驚いた。右目はキースに撃たれて砕けてしまった筈で…。
(回復力が凄かったとか…?)
 自分の力に全く気付いていなかったとか、と覚えた感動。ジョミーの「生きて」という強い願いで生き延びたのだと、頭から信じていたのだけれど…。
(実は、実力…)
 それに半端ない回復力、と見回した身体。撃たれた痛みはまるっと消えたし、メギドの爆発に巻き込まれた割に無傷なのだし、これまた凄い。
(シールドを張ったつもりは無かったんだが…)
 生存本能というヤツなのか、と納得した。
 撃たれた傷を全部治せるほどだし、死んでたまるかと身体が勝手に頑張ったのに違いない。全く意識しなくても。「みんなを頼む」とジョミーに叫んで、意識がブラックアウトでも。
(…しかし、困った…)
 こんな所で生き残っても、と本気で困る。周りは漆黒の宇宙空間、ついでにメギドの残骸らしきモノだらけ。人類軍の船もとうにいないし、この状態では…。
(シャングリラが何処に行ったのかも…)
 思いっ切り謎で、知る方法も無い有様。
 せめて人類の船がいたなら、ちょっと入り込んでデータを失敬できるのに。シャングリラは多分ワープした筈、そのタイミングが分かりさえすれば…。
(手掛かりくらいにはなる筈で…)
 人類が見たって行き先不明のワープだけれども、同じミュウなら勘で何とか。
 あの辺りかも、と当たりをつけて追い掛けることも出来なくはない。ダテに長年、ソルジャーをやっていないから。ワープの指示を出したハーレイ、彼の発想なら大体分かる。
(…人類軍は何処に行ったんだ?)
 何処かに一隻、出遅れたのがウロウロしていないかと目を凝らしていたら…。


「自分を信じることから道は開ける」
 ポンと頭に浮かんだ言葉で、そう言えば昔、ジョミーに言った。アルテメシアから命からがら逃げ出した後で、酷く落ち込んでいた時に。
 シロエという名のミュウの少年を救い損ねた、とベッドの側で暗くなっていたから…。
(事の善し悪しは、全てが終わってみなければ…)
 分からないさ、と励ましてやったのが自分。
 つまりは今とて同じ状況、あるいはもっと凄いかも。死んだ筈なのに生きていた上、無傷だという素晴らしさ。自分の実力は思った以上で、それを信じれば今だって…。
(道は開けるというわけで…)
 とにかく前へ進むことだ、と考えた。
 全てが終わった筈だというのに、こうしてキッチリ生きているから。おまけに死んだと思う前よりも、遥かに健康な状態で。
(とはいえ、どっちが前なんだか…)
 こんな宇宙では上も下も、と途方に暮れてしまいそうな感じ。ナスカの方へ行けばいいのか、この星系を離れる方か。
 悩んでいたって答えは出ないし、「頑張れ、自分」と思うしかない。
 きっと闇雲に飛んでいたって、何処かで会う筈の人類の船。軍の船なら大いにラッキー、それのデータからキースの艦隊を追えばいい。そしてシャングリラのデータをゲット。
(運が良ければ、まだ追い掛けている真っ最中かもしれないし…)
 それに賭けた、と決めた方針。人類軍の船がいそうな方向だったら、ナスカとは逆。


(自分を信じることから道は開ける…)
 事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ、と繰り返しながらジルベスター星系の外を目指していたら。
(えっ…?)
 いきなりグイと引っ張られた。凄い速さで飛んでいるのに、知ったことかと言わんばかりに。
 第一宇宙速度なんかはとっくに突破しているのだから、こんな所で引っ張られたら…。
(空間が…!)
 歪んでしまって亜空間ジャンプになってしまう、と逃げる間もなく引き摺り込まれた。どう考えてもそういう空間、ワープの時にはお約束だった緑の亜空間に。
(巻き込まれたか…!?)
 気付かない間に、ワープインしようとしていた人類の船か何かに。側を通過中の自分もセットで亜空間送りで、ナスカどころか、それはとんでもなく…。
(違う所に飛ばされるのか…!?)
 なんてことだ、と慌てたけれども、既に手遅れ。こうなったら腹を括るしかない。ワープアウトした先で、巻き込んだ船のデータにアクセス。
(現在位置を特定してから、キースの船がいそうな場所を…)
 探してみるしかないだろう。それに、考えようによってはラッキー。人類の船を探し出す手間が省けたのだから。
(ナスカから離れてしまった分だけ、回り道かもしれないが…)
 事の善し悪しは、全てが終わってみないと分からないもの。結果オーライということもある。
 自分に巻き添えを食らわせた船が、キースの艦隊に所属していた船だったとか。そこまで上手く運ばなくても、民間船ではなくて軍の船だとか。


 事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないのだし、と流れに任せることにした。
 ワープアウトしたらチャンス到来、其処で人類の船に潜り込む。瞬間移動で入り込んだら、まずバレないから、目指すはブリッジ。
(…乗組員の意識を奪って、それからデータを…)
 頂戴しよう、と作戦計画、ワープアウトの瞬間が勝負。乗組員たちがホッと一息ついている所、其処が狙い目だろうから。きっと油断をしているから。
(よし…!)
 そろそろだ、と構えて待った。経験からして、ワープアウトが近い。これを抜けたら…。
(一気に勝負だ…!)
 キースのような生え抜きの軍人、それが相手でも頂くデータ。貰ってやる、と身構えたのに。
 これでもソルジャーと呼ばれた男、と自分に気合を入れたのに。
(…シャングリラ…!?)
 なんでまた、と仰天する羽目に陥った。
 人類の船に飛び込むつもりが、其処は青の間だったから。嫌というほど見慣れた景色で、間違えようもなかったから。
(それでは、ぼくを巻き込んだ船は…)
 身内だったか、と呆れた自分の馬鹿さ加減。
 いくらシャングリラがステルス・デバイスで姿を消していたって、まるで気付かなかったとは。
 ミュウの仲間を乗せている船、それが直ぐ側にいたというのに、知らずに通過しかけたとは。
(短距離ワープで逃げていたのか…)
 きっとそうだったのだろう。いきなり長距離ワープをするより、まずは短距離。其処で隠れて、人類軍の艦隊をやり過ごす。ほとぼりが冷めたら、改めてワープ。


 如何にもハーレイらしい手だな、と浮かべた笑み。ワープしたって、運が悪いと追われるから。長距離ワープで追跡されたら、咄嗟に取れない回避行動。
 その点、短距離ワープだったら小回りが利く。追って来ている、と気付いた時点で打つ手は幾らでもあるわけだから…。
(それで、何処までワープしたんだ?)
 ジルベスター星系からは相当離れたことだろう。かなりに運が良かった自分。本当に道が開けてしまった。何もしなくても戻れた青の間、皆に生還を告げに行かなければ、と考えたのに。
(…フィシス?)
 どうしてフィシスが此処にいるんだ、と目を丸くして、「今、戻った」と言おうとしたら。
「ソルジャー・シン…」
 そう呼ばれたから絶句した。フィシスは視力を持たないけれども、その分、サイオンの瞳で見るのに優れている筈。自分とジョミーを見間違うなど有り得ない、と愕然として…。
(…何故、フィシスが…)
 ぼくとジョミーを間違えるんだ、と思った所で気が付いた。自分の両手が触れている物、それは頭に着けた補聴器。フィシスに託した記憶装置を兼ねていた物で、それが頭にあるのなら…。
(…この身体は…)
 ジョミーなのか、と視線を下にやったら、ジョミーの衣装。自分のではなくて。
 そして、よくよく意識を研ぎ澄ましてみれば、ジョミーは只今、滂沱の涙。どうやらフィシスが渡した補聴器、その中に残った記憶を辿っていたらしく…。
(…自分を信じることから道は開ける…)
 その言葉をジョミーが再び聞いた瞬間、其処で空間が繋がったらしい。同じ言葉を思い返して、自分が飛んでいたものだから。…シャングリラからは遠く離れた所で。


(ぼくは、ワープをしたんじゃなくて…)
 巻き込まれたということでもなくて、ジョミーの意識に引っ張られただけ。とうに死んでいて、魂だけになっていたのを。
 本当だったら天国か何処か、そういう世界に行くべき所を、何か勘違いをしていた内に。
(…ジョミーの中に入ってしまったのか…)
 思念体と呼ぶには、ちょっと頼りない状態で。きっとジョミーにも、存在自体を分かって貰えそうにもない状況で。
(…とはいえ、これも考えようで…)
 ジョミーにまるで自覚が無くても、自分の方からアプローチするのが不可能でも…。
(…このままジョミーの中にいたなら、地球に行けるし…)
 人生、捨てたものではないな、と開き直ってみることにした。
 ジョミーの身体は健康だったし、居心地はとても良さそうだから。死にかけだった自分の身体に比べたらずっと、軽くてピンピンしているから。
(死んだ自覚がゼロというのが良かったんだな…)
 生きているのだと勘違いしたから、死後の世界に行かずに済んだ。その上、ジョミーが補聴器を着けて再生してくれた言葉、それを励みに宇宙を飛んでいたのがラッキー。
 上手い具合にジョミーとシンクロしたから、キッチリ戻れたシャングリラ。
 いくら自分は死んでいるにせよ、これは人生丸儲け。頑張らなくても地球に行けるし、楽隠居の日々でいいのだろう。ジョミーは自分が入り込んだことに、全く気付いていないのだから。
(これでは、アドバイスのしようもないし…)
 ジョミーの中にいるというだけ、たったそれだけ。ヤドカリと言うか、間借り人と言うか…。


 そんな所だ、と自分の立場を把握したのがソルジャー・ブルー。
 これから先はジョミーの身体に住ませて貰って、憧れの地球を目指す旅。ジョミーは自覚ゼロなわけだし、悠々自適の日々の始まり。
(事の善し悪しは、全てが終わってみなければ…)
 分からないさ、とは言い得て妙だ、と感動しまくり、儲けた命。死んだ自覚が無かったお蔭で、どうやら地球まで行けそうだから。
(ぼくにも運が向いて来た…)
 人生ツイてる、とスキップしそうなブルーの人生、本当は終わっているのだけれど。
 運が向くも何も無いのだけれども、終わり良ければ全てよし。
 たとえジョミーの身体でも。自分の身体は消えてしまって、ヤドカリな間借り人生でも。


 こうしてブルーが入り込んだから、青の間を出たジョミーがフィシスを従え、皆を鼓舞しに足を踏み入れた天体の間では…。
「俯くな、仲間たち!」
 そうブチ上げたジョミーの顔には、見事なまでにブルーの顔立ちが重なっていた。
 なにしろミュウは精神の生き物、微妙な違いを嗅ぎ分けたから。
 今まで見ていたジョミーと違うと、ソルジャー・ブルーだとピンと来たから。
「ソルジャー・ブルー?」
「…ソルジャー・ブルー…?」
 さざ波のように広がってゆく声、けれど「グラン・パ!」と叫んだトォニィ。
 途端に「間違えたかな」と思い直すのがミュウの仲間たちで、一瞬の内に消えた幻影。ブルーの代わりにジョミーがいるだけ、「アルテメシアへ向かう」と始まった未来に向けての大演説。
(…地球へ向かうか…)
 行ってくれるか、とブルーは充分、満足だった。
 自分の存在に一度は気付いてくれた仲間たち、彼らに綺麗にスルーされても。
 ジョミーの中には自分がいるのだと、もう気付いては貰えなくても。


(事の善し悪しは…)
 全てが終わってみなければ分からないさ、と拾った人生、後は地球まで楽隠居。
 自分を信じて道が開けて、ちゃんとシャングリラに戻れたから。
 ヤドカリな間借り人生にしても、人生、生きてなんぼだから。
 とっくに死んでいるけれど。
 それでもやっぱり生きているから、憧れの地球まで行けそうだから…。

 

        拾った人生・了

※原作だったら、ジョミーの中にいるブルー。きっと同じだと思ったのがアニテラなのに…。
 そんな描写は皆無だったオチ、だったらジョミーに重なったアレは何だったんだ、と。





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