(伝説のタイプ・ブルー…)
あれがオリジン、とキースの脳裏に浮かんだ顔。
旗艦エンデュミオンの一室、指揮官用にと設えられた部屋で。
モビー・ディックの中で出会ったアルビノの男、ソルジャー・ブルー。
実在するとは思わなかった。
今もなお生きていたなどとは。
かつて確かに存在したモノ、けれど途絶えたその痕跡。
モビー・ディックがアルテメシアを離れた後には、掴めなくなった彼の消息。
(…ジョミー・マーキス・シンの方なら…)
自分も確かにこの目で見たから、ジルベスター星系に来る前に既に知っていた。
ソルジャー・ブルーの次のソルジャー、ミュウの長だと。
彼が自らそう名乗ったから、E-1077を思念波攻撃した時に。
あの頃、自分は知らなかったM。ミュウを示す言葉。
メンバーズとしてミュウを学ぶまでには、暫くかかった。
其処で教えられた、ソルジャー・ブルー。
彼が最初に発見されたと、最強のタイプ・ブルーだったと。
ただし、アルテメシアを出てゆくまでは。
それよりも後の消息は不明、恐らく死亡したのだろうと。
今のミュウの長は、別人だから。
ジョミー・マーキス・シンなのだから。
モビー・ディックに囚われてからも、その名を耳にしなかった。
だから「いない」と信じていた。
もう死んだのだと、過去のものだと。
彼がどれほど強かろうとも、死んだのでは何の意味もない。
敵として出会うことなどは無いし、今のソルジャーでは足りない手応え。
伝説の男は強かったろうかと、それとも彼もこの程度かと嗤ってもいた。
(…いくら私を捕えても…)
心を読むことも出来ない男が、ソルジャー・シン。
ミュウの長でも、その程度。
子供を使って入り込むのが精一杯。
それ以上のことは出来はしないと、自分の敵とも言えはしないと。
何も情報を引き出せないなら、ミュウに勝機は無いのだから。
たとえ自分を殺したとしても、代わりは幾らでもいるのだから。
そう思ったから、嘲笑ったミュウ。
いずれ殲滅されるだろうと、その人柱でもかまわないと。
自分の消息が此処で消えたら、次は艦隊がやって来るから。
有無を言わさず殲滅するから、そうなるのを待っているがいいと。
(…だが、あの男…)
死んだとばかり思った男。
伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルー。
彼に出会って、負けを悟った。
勝てはしないと、自分の負けだと。
たまたま運良く生き残れただけ、ミュウの女が何かしただけ。
どういうわけだか自分を庇った、同じ記憶を持つ女。
あれが自分を庇わなければ、きっと殺されていただろう。
防ぐ間も無く、あの一瞬で。
頭の中身を木っ端微塵に打ち砕かれたか、心臓を握り潰されたか。
そんな所だと分かっている。
「アレなら出来る」と、「私の力では防げなかった」と。
彼がそうすると読めなかったから。
殺意の欠片も見せることなく、あの男はそれを放って来たから。
(…本当に、よくも助かったものだ…)
死なずに此処へ来られたとは。
ミュウの殲滅に向かう艦隊、その指揮権を任されるとは。
本当だったら、自分は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーが放った一撃、あれに息の根を止められて。
死骸になって宇宙に棄てられ、それをマツカが拾えたかどうかも危ういくらい。
「行方不明」とだけ上がる報告、後はグランド・マザーの判断。
やはりあの星は怪しいと。
ミュウの巣だから滅ぼすべきだと、彼らが宇宙に広がる前に、と。
きっと同じにメギドは用意されただろう。
こうして自分が依頼せずとも、グランド・マザー直々に。
星さえ砕けばミュウは消せるし、モビー・ディックも破壊出来るから。
(…私は運が良かっただけだ…)
人質に取った、あの女。
あれがいなければ死んでいたのだと、負けだったのだと分かっている。
易々と心に入られたから。
心の中身を読み取られたから、ソルジャー・ブルーに。
なんとも無様な負けっぷり。
ミュウの女に庇われたのなら、それで危険に気付くだろうに。
次は何かと構えるだろうに、その前に読まれていた心。
誰も読めない筈なのに。
ジョミー・マーキス・シンには、無理だったのに。
(あのまま、いたなら…)
どうなっていたか、今頃は。
人質を二人取っていたから、辛うじて逃げ延びられただけ。
「人質を一人、解放しよう」と、子供を放り投げたから。
ソルジャー・ブルーの注意を逸らして、その隙に船に逃げ込めたから。
もう一人、人質を引き連れたままで。
ミュウの女を放さないままで。
(…もしも、人質が一人だったら…)
そんな姑息な手は使えなくて、ソルジャー・ブルーに殺されていたか、捕えられたか。
心を読めるくらいなのだし、ソルジャー・シンよりも遥かに強い。
彼とまともに対峙していたら、きっと命は無かっただろう。
人質無しで出会っていたら。
その人質がいたとしたって、一人しか連れていなかったなら。
尻尾を巻いて逃げるしか無かった、あの格納庫。
余裕の欠片もありはしなくて、それから後も運が良かっただけ。
たまたまマツカが来合わせただとか、人質が価値あるモノだったとか。
ソルジャー・シンが自ら飛んで来たほど、大切らしいあの女。
(…あれが下っ端の女だったら…)
やはり無かったろう命。
躊躇いもなくミサイルが来るとか、遠隔操作で船ごと爆破されるとか。
「シールドすれば助かる筈だ」と、「ミュウの女なら出来るだろう」と。
重要人物だったからこそ、ミュウどもが手出しを躊躇っただけ。
他に手段が何か無いかと、いきなり爆破は無礼すぎると。
(…本当に、運が良かっただけだ…)
自分が生きて此処にいるのは。
メギドを携え、ジルベスター星系へとミュウを滅ぼしに行けるのは。
(そして、あそこには…)
今もソルジャー・ブルーがいる筈。
あれで終わるとは思えない。
きっと彼なら出て来るのだろう、他の者では手に負えないと知ったなら。
メギドの炎で燻し出したら、あの時、自分に向けた闘志を此方へと向けて。
今の長では、まるで話にならないから。
人類に勝てはしないから。
(私一人が逃げ出しただけで…)
大混乱だった船の中。
彼がきちんと指揮していたなら、あんなことにはならないから。
ソルジャー・ブルーが出て来なかったら、自分はまんまと逃げおおせていた筈だから。
敵と呼べるのは、きっとソルジャー・ブルーだけ。
自分と戦い、勝ちを収めることが出来るのも、きっとソルジャー・ブルーしかいない。
そんなつもりは無いけれど。
彼に容易く倒される気は無いけれど。
(…しかし、アレなら…)
自分を殺す力を持っているのだろう。
現に自分は殺されかけたし、生きているのが不思議なほど。
アレにもう一度会いたいと思う、真正面から。
一対一で彼に会ったら、どちらが死ぬのか、どちらが生きるか。
それを無性に知りたいと思う、生き残れるのは何方なのかと。
ソルジャー・ブルーか、自分なのかと。
(…負けたままでは…)
尻尾を巻いて逃げたままでは、きっと一生、彼に勝てない。
メギドの炎が彼を焼いても、星ごと砕いてしまっても。
それは自分の力ではなくて、メギドの破壊力だから。
自分は「発射!」と命令するだけ、他の者でも、それこそ部下でも出来るのだから。
(……ソルジャー・ブルー……)
此処へ出て来い、と握り締めた拳。
メギド如きに滅ぼされるなと、生きて私の前に立てと。
そうすれば、仕切り直せるから。
今度こそ自分が勝ちを収めて、真の勝者となってやるから。
(…私を殺せるような男を…)
敵に出来たら、そして勝てたら、きっと爽快だろうから。
ジルベスターまで来た価値があるから、もう一度チャンスが欲しいと思う。
あの伝説のタイプ・ブルーと、ソルジャー・ブルーと戦える場所。
それが欲しいと、たとえ負けても構わないからと。
彼ともう一度向き合えなければ、戦えなければ、ずっと負け犬のままだから。
尻尾を巻いて逃げて行ったと、運が良かっただけの男だと、きっと嗤われるだけだから。
ソルジャー・ブルーに、あの男に。
自分を窮地に追い込んだ男、殺すことさえ出来る力を秘めた男に。
「地球の男は、あの程度か」と。
メギドに頼らねば勝てないのかと、よくも偉そうな口を叩けたと。
そうならないよう、今はチャンスを願うだけ。
ソルジャー・ブルーが出て来ることを。
メギドの炎に滅ぼされずに、生きて再び自分を殺しにやって来ることを…。
伝説のミュウ・了
※自分が本当にソルジャー・ブルーのファンなのかどうか、疑われそうなブツを書いた気が…。
ブルーのファンには間違いないです、根っからのブルー・ファンです。マジで…。