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似合いの星
(…地球か…)
 まさか、ああいう星だとはな、とキースは深い溜息を零す。
 国家騎士団総司令として、初めて、「地球」を視察して来た。
 マザー・イライザから教わった知識、その中にある地球は、美しく、「青い」。
(…地球の上では、選ばれた者たちだけが暮らしていて…)
 人類の聖地、地球が再び損なわれないよう、気を配っていると思っていた。
 地球は一度は滅びた星で、蘇るまでに長い年月を要したのだから。
(…しかし、この目で眺めた地球は、赤くて…)
 今も残った海は、毒素のために「何も棲めない」。
 地表は酷く砂漠化したまま、朽ち果てたビル群が今も在るだけ。
(……地球の座標が、極秘にされているわけだ……)
 あれは「見せられない」からな、と暗澹とした気持ちになる。
 視察の旅から戻ったノアで、夜更けに、一人きりの個室で。
(…私でさえも、これほどまでに…)
 衝撃を受けているような有様、普通の者には耐えられはしない。
 だからこそ、地球の座標は極秘で、機密事項になっているのだろう。
 何も知らない民間人などが、興味本位で「地球を見よう」と思わないように。
(聖地、地球への、一般人の降下は、そもそも、禁止なのだが…)
 降下出来ない星であっても、近くまで来れば、見てみたくなる。
 民間船で飛んでゆく航路、其処から「地球が近い」となったら、要望も出そう。
 「少しだけ、地球を見せてくれないか」と、航路に詳しい乗客から。
(目的地に着くのが、遅くなっても…)
 聖地の「地球」を見られるとなれば、誰からも文句は出ないだろう。
 「私も見たい」と言い出す者はあっても、「地球はいいから、急いでくれ」とは…。
(…誰一人、言いはしないだろうな…)
 場合によっては、船長自ら、客に提案しかねない。
 「運良く、地球に近い所を通るようです。如何ですか?」と、航路を少し外れることを。
(……有り得るどころか、起きるとしか……)
 思えないから、地球の座標は伏せられている。
 「地球の本当の姿」は、けして「知られてはいけない」。
 SD体制を敷いた成果が、「まるで無かった」ことを皆が目にすることになるから。


 そのこと自体は、直ちに「危機」には繋がらないだろう。
 機械が統治する世界で生まれ育った者は、基本的には、システムに従う。
(…青い地球には戻っていない、と知っても、それだけでは…)
 システムに逆らい、体制打倒を目指して動き出すほどの気概は無くて、其処はいい。
 問題は「心」の方にある。
(…生まれた時から、地球のために、と教育を受けて…)
 地球に憧れ、夢を見るから、人類にとっての「地球」は生き甲斐と言える。
 優れた者になれた場合は、地球で暮らせて、文字通り「褒美」を貰える世界。
(その地球が、実は「無い」などと…)
 知れば、誰もが生き甲斐を失くす。
 やる気を失い、人類軍から離脱するような者さえ、出かねない。
(…もっとも、軍にも、地球の真実を知る者はいるが…)
 でなければ、視察に行くことも出来ん、と思いはしても、自信は無い。
  「国家騎士団総司令」のキース、「彼」の船を地球へ運んだ者たちの「今」は、どうなのか。
(…記憶処理されて、違う行先へ飛んだ旅だと思っているか…)
 あるいは「青い地球を見た」と、記憶を換えられているか。
 どちらかだろう、という気がする。
 キース直属のセルジュたちやら、側近のマツカは、「赤かった地球」を、今も覚えていても。
(…とはいえ、彼らの記憶も、それほどには…)
 正しくないかもしれないな、と不安しか無い。
 「キース」と「地球の話」が出来る程度に、必要な要素だけを残して、他は「無い」とか。
(…機械なら、出来る…)
 彼らが動揺しないようにと、記憶を「少し」書き換えるだけのことなのだから。


 機械が「どれほど」の能力を持って、どれほど「傲慢」か、それは充分、承知している。
(…私自身が、その産物で…)
 無から生まれた生命だからな、と自嘲の笑みが込み上げてくる。
 「キース」は、まさに「作られた」命。
 人類と地球を導くためにと、機械が幾度も実験を重ね、生み出された「モノ」。
 「キース」を作り上げたような「機械」は、どんなことでもするだろう。
 地球で出会った、地球再生機構の者にしたって、現場を離れる時には、どうなるのか。
(どう考えてみても、記憶処理しか…)
 有り得ないな、と断言出来る。
 SD体制が始まって以来、一度も「真実」が漏れたことなどは「無い」。
 「地球は赤い」と、噂が流れたことが無いなら、結論は一つ。
(……記憶処理……)
 リボーンの者さえ、地球で「地球再生機構」の一員を務めてはいても、機械の信用はゼロ。
 地球を離れる時が来る度、別の記憶を植え付けられる。
 「地球の真実」を、ウッカリ話さないように。
 誰かに何かを尋ねられても、「失言」をしたりしないように、と。
(…其処までして、隠し続けて来て…)
 長い歳月を経たというのに、地球は未だに赤い星。
 「キース」の命がある間などに、青い星に戻る筈も無い。
 なのに、「キース」は、「導くしかない」。
 「地球は青い」と思う者たち、彼らを遥か「未来」に向けて。
 ミュウという脅威が出現した今、それが「出来る者」など、他には「誰一人、いない」。
 機械が作った「キース」だけしか、その任を務められはしない。
 「青い地球」など、幻想でも。
 何処までも「真実」を隠し続けて、嘘をつき、騙すことになっても。


(…なんとも、皮肉で…)
 酷い話だ、と零れ落ちるのは、溜息ばかり。
 「なんと似合いの指導者だろう」と、「キース」の行き着く先を思って。
(今は軍人、国家騎士団総司令だが…)
 グランド・マザーの思惑は、其処で終わりではない。
 いずれ「キース」を、初の「軍人出身の元老」に選び、政治家の道を歩ませる。
 パルテノン入りをさせた後には、ひたすら昇進させ続けるだけ。
(……二百年以上も、空席のままの……)
 国家主席に就任すること、それがグランド・マザーの目的で、手段を選びはしない。
(私自身にも、暗殺の危機は多いわけだが…)
 逆に「誰か」を暗殺してでも、「国家主席になる」しかないのが、「キース」の行く先。
 でないと、人類を導くための「立場」に立てはしないから。
(…そうやって、国家主席になるまでは、いいが…)
 傍目には「異例の昇進」で「出世」、セルジュたちは大喜びだろう。
 マツカも、「おめでとうございます」と、穏やかな笑みを浮かべる筈だけれども…。
(人類の頂点に立った「キース」は、機械が作った命でしかなくて…)
 天にも地にも、触れることなく「育て上げられた」わけなのだが…、と情けなくなる。
 Eー1077に「空」は無かった。
 水槽の中に「地面」は無くて、「大気」さえも満ちていなかった。
 「機械が作った者でなければ」、誰でも、当たり前のように「知っている」のに。
(…どんな育英惑星だろうが、見上げれば、空で…)
 足の下には「地面」、いわゆる「大地」が広がっている。
 テラフォーミングされた星でも、空と大地と空気が無ければ、育英惑星に選ばれはしない。
(…人類の都合で作った星といえども、それなりに…)
 神の創造物の「空」と「大地」と、「大気」が揃って「子供たち」を育ててゆく。
 「いつか、地球まで行けるといいな」と、夢を抱いて育つ子たちを。


(それらの内の、何一つとして…)
 知りもしないまま、「キース」は育った。
 ご丁寧にも、Eー1077で「水槽から出た後」の教育期間までも、空は無かった。
(もちろん、大地もあるわけがなくて…)
 空気さえも「人工的に作られ、循環していた」だけの世界が、Eー1077。
 宇宙に浮かぶステーションでは、空も大地も、大気も「ありはしない」のだから。
(…神の創造物にさえ、触れずに育って…)
 生まれも「無から生まれた者」な「キース」なのだし、ある意味、とても似合いだと言える。
 「青くない地球」で、皆を欺き、導くなら。
 機械が描くシナリオ通りに、この先も「生きてゆく」のなら。
(……赤い地球か……)
 私には似合いで相応しいな、と思うけれども、何故か虚しい。
 「このために、私を作ったのか」と。
 嘘偽りで固められた世界、それを導く者になるには、「私しかいない」という現実。
 それが本当に正しいかどうか、誰が答えを出すのだろう。
 神なのか、あるいは「ミュウ」が出すのか、いつか答えが出る日まで…。
(…やってやるさ…)
 他に道など無いのだしな、と「キース」は決意するしかない。
 「こんな指導者でいいのだったら、やるより他に無いだろうが」と、溜息をついて…。



             似合いの星・了


※キースの育ちだと、「外の世界」は知らないよね、と思った所から生まれたお話。
 フィシスは子供の間に出されてますけど、キースは水槽から出ても「人工のステーション」。






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