歩んでゆく道
(結局の所、殺し合いを教わっているわけだよね…)
極端に言えば、とシロエが夜の個室で、ふと考えたこと。
Eー1077に連れて来られて、早くも数ヶ月が過ぎてしまった。
その間、ずっと目指し続けて、今も目指している将来のために、訓練が続く。
(…メンバーズ・エリート…)
ほんの数人しか選出されない、それになれたら、未来は明るいものらしい。
腕次第で昇進して行ったならば、いずれは国家主席の地位に就くことも出来る。
(国家主席になれたら、ぼくがやるのは…)
SD体制を敷いた機械に「止まれ」と命じて、今の世界を変えること。
そうするんだ、と頑張る日々だけれども…。
(…メンバーズならではの、厳しい訓練内容は…)
格闘技や射撃、それに兵器の扱い方など。
今は宇宙空間でしている訓練にしても、基礎をマスターしさえしたなら…。
(…戦闘機のための訓練になって…)
敵機を撃墜する方法とか、爆撃を覚えることになるのだろう。
メンバーズになるなら、必須だけれども、その内容が問題だった。
どう考えても「殺し合い」のためでしかない。
遠い昔の時代はともかく、何故、今、殺し合いなのか。
(…SD体制の仕組みからして、昔みたいな悪者なんかは…)
いるわけがないと思うんだけど、とシロエは顎に手を当てた。
機械が治める、出産までもが管理された世界で「悪者」は生まれようがない。
ユニバーサルの教育を受けて育って、成人検査で記憶まで変える。
子供時代も機械の管理下、問題のある子は呼び出される。
(…ぼくは一度も、そういうのは…)
無かったけれども、呼ばれた子供は、お説教では済まなかっただろう。
恐らく、機械が関与した筈で、まずは監視で、矯正が難しそうな場合なら…。
(記憶処理とか、操作とか…)
上手い具合にやって手懐け、「いい子」に変えていたのだと思う。
大人になっても、機械は何処かで必ず見ていて、必要ならば手を下しそう。
Eー1077で、マザー・イライザがやっているように、呼び付けて、記憶処理をして。
考えるほどに、悪者が生まれない世界。
ピーターパンの時代みたいに、「どうしようもない悪」は、存在出来そうにない。
(…ピーターパンも、海賊をやっつけてたけど…)
ああいう類の「悪」は、きっと何処にもいないだろう。
それならば、どうして「殺し合い」の技を学ぶのか。
本物の悪がいない世界で、いつ、どうやって技を使うのか。
(……宇宙海賊に、反乱分子……)
それらが敵だ、と習うけれども、彼らを本当に「悪」と呼んでいいのか。
宇宙海賊になった者たちは、元は軍人やパイロットなどで、不満があって飛び出した者。
彼らが抱いた不満の根っこにあるものは、SD体制に違いない。
機械に従う上司に逆らい、組織を抜けて去った者たち。
(…自分の意志で生きてゆくために…)
海賊になるしか無かっただけで、「フック船長」とは全く異なる。
彼らにだって、他の生き方があれば、それを選択出来たろう。
機械の支配を免れる星で、のんびり農作業でもして。
(…移住には向かないような星でも、其処で自由に生きられるなら…)
酷寒だろうが、酷暑だろうが、喜んで移住しそうではある。
メンバーズに追われて殺されるような、宇宙海賊よりも遥かにマシなのだから。
(…反乱分子と呼ばれてるのも…)
機械の支配に逆らったからで、SD体制に異を唱えた者。
つまりは、宇宙海賊も、反乱分子も、シロエに、とても近しいと言える。
シロエ自身も、何処かで一つ道が変われば、そちらに転がってしまいそう。
「メンバーズになって、世界を変える」という、大きな目標が無かったならば。
(…ぼくが教わってることは…)
ぼくと考え方が近い人間を殺す方法なんだ、と気付かされると、溜息しか出ない。
それを覚えてゆくしかなくても、「自分と考えが似た人間」を殺して昇進するなんて、と。
(……仕方ないけど……)
国家主席になるためにはね、と分かってはいても、何処か釈然としない。
一時の迷いだと首を振ってみても、頭の中から消えてくれない。
眠れば、消えていそうとはいえ、眠りたい気もして来ない。
どうして、こんな道に来たのか、他に行く道は無かったのか、という気がして。
(…メンバーズになって、地球へ行くんだ、って…)
幼い頃から描いていた夢、その夢は正しかったのか。
世界を変える道に行くのは、本当に「幸せな道」と言っていいのか。
(…何も考えていなかったけれど…)
ただ、がむしゃらに進んだけれども、来た先は「殺し合い」を学ぶ道だった。
故郷の父がやっていたような、平和な研究などではなくて。
(パパみたいな道へ行こうだなんて、ただの一度も…)
考えたことは無かったわけで、目指そうと夢見たことさえも無い。
なにしろ、成績は抜群だったし、運動神経も群を抜いていたのだから。
(先生だって、メンバーズに選ばれそうだ、って…)
褒めてくれたのを覚えている。
友人の数こそ少なかったけれど、問題にされはしなかった。
メンバーズになれば守秘義務もあるし、適性の内だと判断していたのだろう。
自分で夢見て、周りも期待したのが「メンバーズ」の道で、今いる、Eー1077。
エリートを育てる最高学府なのだけれども、その正体は「殺し合い」を学ぶための場所。
故郷の父も、先生たちも、そうだと知っていたのかどうか。
(…多分、知らない…)
知っていたとしても、漠然とだけ、と確信に満ちた思いがある。
軍事訓練を受ける場所だ、と知っているだけで、結果が何に結び付くかは気付いていない。
シロエが「殺し合い」の場に出撃するとか、星を爆撃するとかなどには。
なんという道に来たのだろう、と頭を抱えてしまいたくなる。
「本当の悪」などいない時代に、機械に「悪」とされた人間だけを選んで殺すだなんて。
(…だけど、ぼくには、この道だけしか…)
見えていなくて、実際、其処を進んで来た。
成人検査で記憶を消されて、酷い屈辱を味わわされても、いつか機械に復讐は出来る。
そういう道に来られたわけだし、国家主席になれさえすれば。
(……そうなんだけれど……)
本当に「これ」しか無かったのかな、と首を捻る間に、不意に浮かんで来た思考。
頭脳はともかく、もしも身体が駄目だったなら、と。
(…うんと弱いとか、足に大きな怪我をしたとか…)
そういう子供は、どう頑張っても、Eー1077に来られはしない。
軍事訓練を受けるためには、頑丈な身体が必要なのだし、故障を抱えた身体でも無理。
かといって、成人検査にかこつけて「消してしまう」には、惜しい人材だったなら…。
(機械だったら、別の道を用意する筈だよね…)
父のような研究職に就くなら、虚弱でも、足が動かなくても、問題は無い。
頭脳さえあれば充分な職で、他はどうとでもなるのだから。
(…そっちの方なら、ぼくは今頃…)
研究者への道を進んで、平和に暮らしていただろう。
殺し合いなど学びはしないで、毎日、知識を増やし続けて、研究もして。
(……その道だったら……)
研究している内容次第で、父のような道もあったろう。
子供を育てるコースに入って、「いい父親」になってゆく道が。
(…お父さんになる道を行くなら、子供時代の記憶にしても…)
今ほど消されはしないのでは、と前から薄々、感じてはいる。
子供時代を忘れてしまえば、子供の心は理解出来ない。
「いい養父母」になれはしないし、恐らく、記憶は「多めに」残る。
人殺しを学ぶメンバーズよりも、人間らしく生きられるように。
(……そっちの道でも、良かったのかな……)
正解は分からないけれど、と自分を慰めてみても、今夜は少し気が重い。
もしも「弱い子」に生まれていたなら、違った未来があったんだろう、と思うから。
子供時代に足に大怪我をしても、違った道を歩めたから。
(…運がいいのか、悪かったのか…)
知っているのは神様だけだ、と溜息をついて、出来るのは祈ることしかない。
「この道で、間違っていませんように」と。
機械に「悪」とされた者たち、彼らを殺して昇進してゆくような道でも。
「シロエ」と考えが似ている人たち、彼らが流した血の上を踏んで歩む道でも…。
歩んでゆく道・了
※もしもシロエがメンバーズに不向きだったなら、と考えた所から出来たお話。
ミュウ因子の件はともかく、それが無ければ、メンバーズ以外のコースに行けたのかも…。
極端に言えば、とシロエが夜の個室で、ふと考えたこと。
Eー1077に連れて来られて、早くも数ヶ月が過ぎてしまった。
その間、ずっと目指し続けて、今も目指している将来のために、訓練が続く。
(…メンバーズ・エリート…)
ほんの数人しか選出されない、それになれたら、未来は明るいものらしい。
腕次第で昇進して行ったならば、いずれは国家主席の地位に就くことも出来る。
(国家主席になれたら、ぼくがやるのは…)
SD体制を敷いた機械に「止まれ」と命じて、今の世界を変えること。
そうするんだ、と頑張る日々だけれども…。
(…メンバーズならではの、厳しい訓練内容は…)
格闘技や射撃、それに兵器の扱い方など。
今は宇宙空間でしている訓練にしても、基礎をマスターしさえしたなら…。
(…戦闘機のための訓練になって…)
敵機を撃墜する方法とか、爆撃を覚えることになるのだろう。
メンバーズになるなら、必須だけれども、その内容が問題だった。
どう考えても「殺し合い」のためでしかない。
遠い昔の時代はともかく、何故、今、殺し合いなのか。
(…SD体制の仕組みからして、昔みたいな悪者なんかは…)
いるわけがないと思うんだけど、とシロエは顎に手を当てた。
機械が治める、出産までもが管理された世界で「悪者」は生まれようがない。
ユニバーサルの教育を受けて育って、成人検査で記憶まで変える。
子供時代も機械の管理下、問題のある子は呼び出される。
(…ぼくは一度も、そういうのは…)
無かったけれども、呼ばれた子供は、お説教では済まなかっただろう。
恐らく、機械が関与した筈で、まずは監視で、矯正が難しそうな場合なら…。
(記憶処理とか、操作とか…)
上手い具合にやって手懐け、「いい子」に変えていたのだと思う。
大人になっても、機械は何処かで必ず見ていて、必要ならば手を下しそう。
Eー1077で、マザー・イライザがやっているように、呼び付けて、記憶処理をして。
考えるほどに、悪者が生まれない世界。
ピーターパンの時代みたいに、「どうしようもない悪」は、存在出来そうにない。
(…ピーターパンも、海賊をやっつけてたけど…)
ああいう類の「悪」は、きっと何処にもいないだろう。
それならば、どうして「殺し合い」の技を学ぶのか。
本物の悪がいない世界で、いつ、どうやって技を使うのか。
(……宇宙海賊に、反乱分子……)
それらが敵だ、と習うけれども、彼らを本当に「悪」と呼んでいいのか。
宇宙海賊になった者たちは、元は軍人やパイロットなどで、不満があって飛び出した者。
彼らが抱いた不満の根っこにあるものは、SD体制に違いない。
機械に従う上司に逆らい、組織を抜けて去った者たち。
(…自分の意志で生きてゆくために…)
海賊になるしか無かっただけで、「フック船長」とは全く異なる。
彼らにだって、他の生き方があれば、それを選択出来たろう。
機械の支配を免れる星で、のんびり農作業でもして。
(…移住には向かないような星でも、其処で自由に生きられるなら…)
酷寒だろうが、酷暑だろうが、喜んで移住しそうではある。
メンバーズに追われて殺されるような、宇宙海賊よりも遥かにマシなのだから。
(…反乱分子と呼ばれてるのも…)
機械の支配に逆らったからで、SD体制に異を唱えた者。
つまりは、宇宙海賊も、反乱分子も、シロエに、とても近しいと言える。
シロエ自身も、何処かで一つ道が変われば、そちらに転がってしまいそう。
「メンバーズになって、世界を変える」という、大きな目標が無かったならば。
(…ぼくが教わってることは…)
ぼくと考え方が近い人間を殺す方法なんだ、と気付かされると、溜息しか出ない。
それを覚えてゆくしかなくても、「自分と考えが似た人間」を殺して昇進するなんて、と。
(……仕方ないけど……)
国家主席になるためにはね、と分かってはいても、何処か釈然としない。
一時の迷いだと首を振ってみても、頭の中から消えてくれない。
眠れば、消えていそうとはいえ、眠りたい気もして来ない。
どうして、こんな道に来たのか、他に行く道は無かったのか、という気がして。
(…メンバーズになって、地球へ行くんだ、って…)
幼い頃から描いていた夢、その夢は正しかったのか。
世界を変える道に行くのは、本当に「幸せな道」と言っていいのか。
(…何も考えていなかったけれど…)
ただ、がむしゃらに進んだけれども、来た先は「殺し合い」を学ぶ道だった。
故郷の父がやっていたような、平和な研究などではなくて。
(パパみたいな道へ行こうだなんて、ただの一度も…)
考えたことは無かったわけで、目指そうと夢見たことさえも無い。
なにしろ、成績は抜群だったし、運動神経も群を抜いていたのだから。
(先生だって、メンバーズに選ばれそうだ、って…)
褒めてくれたのを覚えている。
友人の数こそ少なかったけれど、問題にされはしなかった。
メンバーズになれば守秘義務もあるし、適性の内だと判断していたのだろう。
自分で夢見て、周りも期待したのが「メンバーズ」の道で、今いる、Eー1077。
エリートを育てる最高学府なのだけれども、その正体は「殺し合い」を学ぶための場所。
故郷の父も、先生たちも、そうだと知っていたのかどうか。
(…多分、知らない…)
知っていたとしても、漠然とだけ、と確信に満ちた思いがある。
軍事訓練を受ける場所だ、と知っているだけで、結果が何に結び付くかは気付いていない。
シロエが「殺し合い」の場に出撃するとか、星を爆撃するとかなどには。
なんという道に来たのだろう、と頭を抱えてしまいたくなる。
「本当の悪」などいない時代に、機械に「悪」とされた人間だけを選んで殺すだなんて。
(…だけど、ぼくには、この道だけしか…)
見えていなくて、実際、其処を進んで来た。
成人検査で記憶を消されて、酷い屈辱を味わわされても、いつか機械に復讐は出来る。
そういう道に来られたわけだし、国家主席になれさえすれば。
(……そうなんだけれど……)
本当に「これ」しか無かったのかな、と首を捻る間に、不意に浮かんで来た思考。
頭脳はともかく、もしも身体が駄目だったなら、と。
(…うんと弱いとか、足に大きな怪我をしたとか…)
そういう子供は、どう頑張っても、Eー1077に来られはしない。
軍事訓練を受けるためには、頑丈な身体が必要なのだし、故障を抱えた身体でも無理。
かといって、成人検査にかこつけて「消してしまう」には、惜しい人材だったなら…。
(機械だったら、別の道を用意する筈だよね…)
父のような研究職に就くなら、虚弱でも、足が動かなくても、問題は無い。
頭脳さえあれば充分な職で、他はどうとでもなるのだから。
(…そっちの方なら、ぼくは今頃…)
研究者への道を進んで、平和に暮らしていただろう。
殺し合いなど学びはしないで、毎日、知識を増やし続けて、研究もして。
(……その道だったら……)
研究している内容次第で、父のような道もあったろう。
子供を育てるコースに入って、「いい父親」になってゆく道が。
(…お父さんになる道を行くなら、子供時代の記憶にしても…)
今ほど消されはしないのでは、と前から薄々、感じてはいる。
子供時代を忘れてしまえば、子供の心は理解出来ない。
「いい養父母」になれはしないし、恐らく、記憶は「多めに」残る。
人殺しを学ぶメンバーズよりも、人間らしく生きられるように。
(……そっちの道でも、良かったのかな……)
正解は分からないけれど、と自分を慰めてみても、今夜は少し気が重い。
もしも「弱い子」に生まれていたなら、違った未来があったんだろう、と思うから。
子供時代に足に大怪我をしても、違った道を歩めたから。
(…運がいいのか、悪かったのか…)
知っているのは神様だけだ、と溜息をついて、出来るのは祈ることしかない。
「この道で、間違っていませんように」と。
機械に「悪」とされた者たち、彼らを殺して昇進してゆくような道でも。
「シロエ」と考えが似ている人たち、彼らが流した血の上を踏んで歩む道でも…。
歩んでゆく道・了
※もしもシロエがメンバーズに不向きだったなら、と考えた所から出来たお話。
ミュウ因子の件はともかく、それが無ければ、メンバーズ以外のコースに行けたのかも…。
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