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生きていたなら
(……サム……)
 やはり治せはしないのか、とキースは深い溜息をついた。
 Eー1077で共に過ごした旧友、サムの心は戻っては来ない。
 今日の昼間に、病院で医師から説明を受けた。
 壊れてしまったサムの精神、それを元に戻すことは不可能なのだ、と。
(私にはもう、どうすることも…)
 出来はしなくて、手は残されてはいなかった。
 新しい主治医を手配した時、「あるいは」と期待していたのに。
 淡い希望を心に抱いて、これ以上は無い最高の医師に、サムを診察させたのに。
(…この日のために、私は出世をして来たのだ、と…)
 心の何処かで思っていたほど、その医師は「腕がいい」との評判だった。
 並みの者では治療を受けるどころか、診察さえもしては貰えないのが、サムの新しい主治医。
 サムが入っている病院にしても、本来ならば「サムが入れる」病院ではない。
(…ジルベスター、セブンに赴く前に…)
 キースは、サムの現状を知った。
 いや、知らされたと言うべきだろうか。
 ジルベスター・セブンの近くを航行していて、事故に遭い、精神が崩壊した、と。
(驚いてサムの居場所を調べて、それから…)
 今、サムがいる病院へと、急いで転院させた。
 元々、サムを診ていた所は、一般市民が行く病院で、医師の能力もさほど高くはない。
 それでは治せないのも仕方なかろう、と考えて手を打つことにした。
 メンバーズ・エリートの地位と特権を、初めて「自分のために」使って。
(エリートのための病院だったら、治せるだろう、と…)
 思ったけれども、診察した医師は「無理だ」と匙を投げてしまった。
 だから、卒業して以来、初のサムとの再会、それは全く意味が無かった。
 サムは「キース」を、「まるで覚えていなかった」から。
 警戒と怯えの入り混じった目で、サムは、かつての「友人」を見た。
 「おじちゃん、誰?」と、距離を取ったままで。
 子供に戻ってしまったサムには、キースは「知らないおじちゃん」だった。
 そうなったサムを、長い年月、見守り続けて、此処まで来た。
 国家騎士団総司令の座に昇り詰めて、最高の医師を手配出来るようになる所まで。
 もうこの上には、パルテノンの元老くらいしか「地位の高い」者たちはいない。
 その人数はごく僅かだから、今のキースなら、彼らを診察する医師の治療を受けられる。
(だからこそ、私を診させる代わりに…)
 サムの治療を任せてみたのに、結果は前と変わらなかった。
 懐かしい友の心は治らず、もう永遠に「かつてのサム」は戻っては来ない。


 けして会うことが出来ない「友達」。
 何度、病院まで会いに行っても、其処にいるのは「子供時代を生きている」サム。
 そういうサムにも慣れたけれども、やはり「昔のサム」に会いたい。
 Eー1077で一緒に過ごした、あの頃のサムに戻って欲しい。
(…そのためだけに、上を目指したわけではないが…)
 もちろん他にも目的はあるし、任務よりも「サムの治療」を優先したりもしない。
 公私混同してしまうほど、「キース」は無能ではないのだけれど…。
(それでも、サムのこととなったら…)
 普段は殺している筈の自我が、俄然、頭をもたげて来る。
 「今の私に出来る最高のことを、サムのためにしてやりたい」と。
 病院も病室も、サムを診る医師も、「キースの地位」に相応しいものでなくてはならない。
 一般市民と「サム」を同列に扱わせておきはしないし、見舞いの折には確認もする。
 サムが充分な治療を受けているか、環境や看護師なども行き届いたものになっているのか。
(そうやって今日まで走り続けて、ようやく本当に最高の医師を…)
 サムの主治医に出来たというのに、サムは「治りはしない」という。
 あまりにも残酷すぎる告知で、心が崩れ落ちそうだった。
 覚悟していた言葉とはいえ、受け止めるまでに時間がかかった。
 「本当に、サムは治らないのか!」と、医師の前で声を荒らげもして。
 出来る手は全て尽くしたのかと、検査結果を説明する医師に詰め寄って。
(…私らしくもない行動だが…)
 ああしないではいられなかった。
 「サムは戻る」と信じたかったし、希望を失いたくはなかった。
 もっとも「キース」の怜悧な頭脳は、現実を見据えていたのだけれど。
 医師が示したデータを眺めて、「無理だ」と、客観的に捉えて。
 とはいえ、それとこれとは別の話で、今も納得してなどはいない。
 「もう戻らない」サムを諦める日など、けして来ないし、来る筈もない。
 奇跡を信じるわけではなくても、諦めはせずに、ずっと待ち続けることだろう。
 いつの日か、「サム」が戻るのを。
 昔のサムと同じ目をして、「キース!」と呼んでくれる時が来るのを。


(…そう、いつまでも…)
 私はサムの帰りを待とう、と改めて自分の心に誓った。
 この先、サムの状態が更に悪化しようと、サムを諦めたりはしないで、ただ待ち続ける。
 サムがこの世に生きている限り、望みは消えはしないのだから。
(何十年でも、待って、待ち続けて…)
 治せる時が来るのを待つさ、と思ったけれども、自分にもサムにも寿命がある。
 それが尽きたら、どうすることも出来ないだろう。
 そして「人間」の寿命は短い。
 これが宿敵のミュウだったならば、寿命は人類の三倍なのに。
 キースが、サムが「待てる」時間よりも、長い年月を生きてゆくことが出来るのに。
(…三倍もあれば、新しい治療法が出来る可能性は大きいな…)
 そういう意味でも忌々しくなる化け物どもだ、と舌打ちをして、ハタと気付いた。
 「ミュウだった友」も、いたのだった、と。
 もっとも、「友」と呼んでいいかは、難しい部分があるのだけれど。
(…セキ・レイ・シロエ…)
 Eー1077を卒業する間際、この手で、彼が乗った練習艇を落とした。
 ミュウだったシロエは宇宙へ逃れて、「停船しろ」との呼び掛けに応じなかったから。
(しかし、あの時…)
 シロエが船を停めていたなら、どうなったろう。
 あの時、シロエの心が「とうに常軌を逸していた」ことは知っている。
 彼は子供の心に戻りつつあって、子供時代の夢の残像を追い続けたまま「飛んでいた」。
 そのまま飛んでゆけば「撃墜される」ことも知らずに、自分の夢が導くままに。
 子供時代から追っていた夢、その夢が叶う場所を目指して、ただ懸命に。
(…あの状態のシロエを、連れ帰ることが出来たなら…)
 恐らくシロエは「殺されはせずに」、飼っておかれたことだろう。
 既に心が壊れているなら、システムに反抗的であった過去など、問題ではない。
 「子供に戻ってしまったシロエ」は、SD体制にとっては何の脅威でもない「ただのミュウ」。
 しかも、かつては「キース」と肩を並べるほどに「優秀だった」者でもある。
 格好の研究材料となって、あれこれ調べられ、殺されることなく生きていたろう。
(きっと、そうだな…)
 Eー1077は、「キース」を完成させた時点で用済み、シロエの件にかこつけて…。
(廃校にしてしまうのだろうが、その原因だとされる「シロエ」は…)
 密かにノアへと移送されて来て、「今も生きていた」に違いない。
 サムのように成長したりはしないで、あの頃と変わらない姿のままで。
 いつまでも「少年の姿」を保って、子供時代の夢に浸り続けて。


 もしもシロエが「生きていた」なら、どうしただろう。
 恐らく、Eー1077を卒業してから数年間は、それを知る機会は無かったと思う。
 メンバーズとはいえ「キース」の地位はまだまだ低いし、機密に触れるチャンスは無い。
 けれど、ジルベスター・セブンに行った後なら…。
(私は、ミュウどもと対峙する、最前線に立っていたわけで…)
 そうなれば当然、「シロエ」のことも耳にしないではいられない。
 かつて自分が競った相手が、今も「生かされている」のだ、と。
 研究対象としてだとはいえ、他の実験体とは違って、命も保証されていることを。
(それを聞き付けたら、私はどうする…?)
 会いに行かないわけがないな、と答えは直ぐに弾き出された。
 「シロエ」が今も生きているなら、急いで会いに出掛けるだろう。
 そして病院にも似た研究所で、子供に戻ってしまった「シロエ」と再会する。
 きっとシロエは、サムと似た目で「キース」を眺めて、怯えながらも…。
(おじちゃん、誰、と…)
 問い掛けて来て、菫色の瞳を瞬かせる。
 「ぼくを迎えに来てくれたの?」と、遠い日に追った夢の続きを、まだ追いながら。
 ネバーランドか、あるいは地球か、其処へ「連れて行ってくれる人」なのか、と。
(…そんなシロエを目にしたならば…)
 もう放ってはおけないだろうな、と容易に想像がついてしまった。
 研究者たちが何と言おうと、頻繁に「シロエ」に会いにゆく自分が目に浮かぶ。
 サムの見舞いに通ってゆくのも、シロエの様子を見に出掛けるのも、どちらも同じ。
 「かつての友」に「会いに出掛けてゆく」ための時間で、行った先に「友」はいなくても…。
(私を覚えていてくれなくても、私にとっては大切な友で…)
 少しでも時間を分かち合いたいから、シロエの許にも通うのだろう。
 サムのように治療はしてやれなくても、研究者たちを放り出しておいて、話をしに。
 子供に戻ったシロエが語る昔話に相槌を打って、シロエの興味を引く話もして。
(…今の私なら、研究材料にされているシロエだろうと…)
 差し入れに菓子を持って行っても、誰も文句を言いなどはしない。
 シロエが「ママが作るお菓子は美味しいよ」と、菓子の名前を語ったならば…。
(その菓子を部下に買って来させて、土産に提げて出掛けて行って…)
 一緒に食べるのも悪くないな、と思うものだから、シロエにも会いに行きたかった。
 サムのように「壊れてしまっていても」、今も生きていてくれたなら。
 あの時、宇宙に散りはしないで、少年の姿のままで夢に浸って、今も「いる」なら…。



            生きていたなら・了


※シロエがサムのようになって生きている可能性、アニテラだったらあるんですよね。
 原作と違って正気じゃなかった、撃墜された時のシロエ。もしも生きていたら、というお話。






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