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この命さえも
(この命なぞに、それほどの…)
 価値があるとは思えないがな、とキースは皮肉な笑みを浮かべた。
 首都惑星ノアの国家騎士団総司令の個室で、ただ一人きりで。
 もう夜更けだから、側近のマツカは下がらせた後。
 彼が淹れていったコーヒーだけが、机の上に残っている。
 その「マツカ」に、今日も「救われた」。
 キースを狙った暗殺計画は頓挫し、実行犯も背後の者も、全て捕らえられ、投獄された。
 もう何度目になるのだろうか、数える気さえ起こりはしない。
(私を殺そうとする輩の方が、私よりも遥かに、このシステムに忠実で…)
 何の疑問も抱いていないことだろう。
 機械に支配されることにも、人生までをも機械に左右されることにも。
(彼らをトップに据えておく方が、よほどマシだと思うのだがな…)
 私は半ば異分子だぞ、という自覚はある。
 本物の異分子とされる「ミュウ」には及ばないのだけれども、この体制に向いてはいない。
 SD体制への批判だったら、幾らでも挙げて語れるだろう。
 ただ、その相手が「いない」だけで。
 広い宇宙の何処を探しても、「それ」を語り合える相手はいない。
(ミュウの連中なら、理解出来るだろうが…)
 彼らとは「語り合う」以前の問題、ミュウたちは「キース」を許しはしない。
 ジルベスター・セブンを焼かれた恨みを、彼らは忘れないだろう。
 指導者だったソルジャー・ブルーが、二度と戻って来なかったことも。
(…彼らと話せる時が来るなら、もう、その時には…)
 人類はミュウに敗れた後で、敗者としての会談になる。
 それまで「キース」が生きていれば、の話だけれど。
 暗殺されてしまうことなく、グランド・マザーの計画通りに、国家主席になれば、の話。
(こればかりは、なんとも分からないからな…)
 とはいえ、生きているのだろうさ、という気がする。
 いつか、「その時」が訪れるまで。
 ミュウが人類に勝利を収めて、このノアはおろか、聖地たる地球に向かう時まで。


 自分自身を観察するほど、価値などは無いと思える命。
 確かに能力は高いけれども、このシステムには批判的なのが「キース・アニアン」。
 致命的とも言える欠陥なのに、機械は何も言っては来ない。
 結果さえ出せればいいのだろうか、中身の方はどうであっても。
(皆が見ている私自身は、冷徹で…)
 ジルベスター・セブンで「そうした」ように、ミュウに対して容赦はしない。
 SD体制に反抗的な者にも、少しも同情したりはしない。
 端から捕らえて投獄したり、辺境の惑星に送りもする。
 国家騎士団総司令として、体制に逆らう星に赴き、殺戮を繰り広げることさえもある。
(…しかし、私は…)
 心の底では、このシステムを認めてはいない。
 かつてシロエが「そうした」ように、批判したい気持ちは常に心の何処かに在る。
 それを語れる相手さえいれば、夜を徹して語り合うことだろう。
 場合によっては手を取り合って、システムに立ち向かうこともあるかもしれない。
 ミュウたちが日々、「戦っている」のと同じように。
 機械に、システムに反旗を翻し、賛同する者たちを率いて「反逆者」として。
(…それをやりかねない、私の命などには…)
 本当に何の価値も無いな、と思うけれども、機械はそうは考えない。
 キースは「シロエ」のように消されず、この先も行きてゆくのだろう。
 暗殺されてしまわなければ。
 機械から見れば「無能」な輩が、「キース」に取って代わらなければ。


 考えるほどに、価値の無い命。
 これを欲しがる輩がいるなら、くれてやっても構わない。
 機械は「キース」を失うけれども、無能な輩がトップであっても、人類という種族の方は…。
(結果的には、同じ結末を迎えるのだしな?)
 恐らく世界は「ミュウのものだ」と踏んでいるから、人類の末路は変わりはしない。
 国家主席が「キース」でなくても、国家主席になれる人材が不在でも。
(…そうは思うが、グランド・マザーは…)
 そんな道など望まないから、「キース」は生きてゆくしかない。
 誰かに暗殺されない限りは、予め敷かれたレールの上を。
 Eー1077で全くの無から生まれた時から、定められていた宿命の道を。
(…いっそ、暗殺されてしまっていた方が…)
 楽だったろう、と思う日が、そう遠くない未来に待っている気がしないでもない。
 ミュウに敗れて、彼らに捕らえられてしまえば、きっと、そうなる。
(ジルベスター・セブンを焼き、ソルジャー・ブルーを殺した私を…)
 ミュウたちは憎み、けして許さないことだろう。
 拷問されるか、心の隅々まで覗き込まれて、掻き回されて苦しむ時が続くのか。
 「いっそ、殺せ!」と叫んだところで、彼らが殺すとは思えない。
 モビー・ディックでキースを「殺そうとした」、あの子供でも「殺さない」だろう。
 「殺して、楽にしてやる」ことなど、あの子供でさえ考えはしない。
 「キース」の望みを叶えるなどは、愚の骨頂というものだから。
 「殺してくれ」と叫び、願うのなら、叶えないのが、最高の復讐と言えるから。


(…勘弁願いたい未来なのだが…)
 そうなる前に殺された方がマシなのだがな、と背筋が冷える。
 恐ろしい予感が当たった場合は、生き地獄に落ちることだろう。
 ミュウに捕まり、死ぬことも、狂うことさえも出来ない、地獄の日々。
 モビー・ディックで牢にいた時、それと似たような経験をした。
 あの時も充分、拷問だと感じていたのだけれども、その比ではない目に遭わされる。
 誰も止めようとは考えなくて、ただ傍らで「見ているだけ」。
 ジョミー・マーキス・シンさえも。
 あの船から逃げる切っ掛けになった、盲目だったミュウの女も。
(…もう負けるのだ、と分かった時点で…)
 自ら命を断ち切ったならば、その苦痛から逃れられるだろう。
 死んでしまった「キース」の身体は、ミュウが持ち去り、切り刻むかもしれないけれど。
 ソルジャー・ブルーに心を読まれたからには、もう正体は知れているだろう。
 「機械が無から作った生命」は、いったい、どういうものだったのか。
 それを知ろうと、ミュウの研究者が解剖しようが、何をしようが、それはいい。
 死んだ後なら、全ては「どうでもいい」こと。
 刻んで調べられたところで、もう「キース」には「分からない」から。
 けれど…。
(そうなる前に、自ら命を捨てることなど…)
 果たして、それは可能だろうか。
 機械が、全てを統治するグランド・マザーが、そのような選択を許すだろうか。
 マザー・イライザが無から作った「キース」を、機械は失うわけにはいかない。
 どれほど敗色が濃い戦いでも、機械は諦めたりしない。
 機械の思考は「0」か「1」かで、他の選択など有り得ないもの。
 完膚なきまでに叩きのめされ、何もかも「ゼロ」になってしまうまで、機械は「戦う」。
 いや、「戦え」と命じるだろう。
 「0」になってはいないからには、まだ戦いの局面は「1」。
 機械は、けして「諦めない」から、「キース」も戦い続けるしかない。
 負けた時には、屈辱的な運命が待っていようとも。
 ミュウに囚われ、死ぬことさえも出来ない地獄に突き落とされる他は無くても。


(…この命さえも…)
 私の自由にはならないのか、と絶望的な気持ちになる。
 グランド・マザーが、このシステムが健在な限り、自分の手では死ねないのか、と。
(…きっと、そうだな…)
 銃を手にして、自分に向けて撃つよりも前に、機械が「それ」を取り上げるだろう。
 監視カメラとセットになった、警備システムで「キース」の手を撃ってでも。
 要は「キース」が生きてさえいれば、機械はそれで満足する。
 生きているなら、部下を使って「戦える」から。
 二度と「死」などは考えないよう、死ぬための手段も全て封じて、飼い殺しにする。
 「SD体制のために戦え」と、完全な敗北が訪れるまで。
 機械も壊され、SD体制が「ゼロ」となり、無に帰す時が来るまで。
(…私には、死という選択さえも…)
 まるで許されてはいないのだな、とシロエが少し羨ましくなる。
 自分自身の意志を貫き、宇宙に散ったセキ・レイ・シロエ。
 あの時、彼の影響を受けて、「このシステムに従うよりは」と死を考えても無駄だったろう。
 そう思考する「心」を修正されていたのか、あるいは、心はそのままにして…。
(死のうとしても、死ねない現実を突き付けて来て…)
 諦めの内に生きてゆくことを、あの年齢で受け入れさせていたものか。
 「そちらなのかもしれないな」と思うものだから、気が付かなくて良かったと思う。
 誇りを守って死ぬことさえも許されない、と知っていたなら、この世は既に地獄だから。
 命までも機械に握られていては、心の底には暗い淵しか見えないから。
(…何もかもが「ゼロ」になる日まで…)
 生きてゆくしかないというのも、立派な拷問というものだろう。
 実際、どうやら、そうなのだけれど。
 ミュウどもの手に落ちる時まで、命を絶てずに生き永らえるしか無さそうだから…。




            この命さえも・了


※原作のキースは「ジョミーに殺される」最期を選びましたが、違ったのがアニテラ。
 そして原作の方も、機械が健在だった間は、操られたりしたキース。強制的に生かされそう。









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