持っていない名前
(……キース・アニアン……)
この名、とキースが心で呟いた名前。
国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
マツカが淹れて行ったコーヒー、それがまだ湯気を立てている。
コーヒーのカップを机に置いてから、マツカは控えめな声で尋ねた。
「他に用事はありませんか?」と。
ごくごく自然に、いつも通りに「キース」と呼んで。
(…確かに私は、キースなのだが…)
部下のセルジュたちも「アニアン閣下」と呼ぶのだけれども、その名前。
「キース・アニアン」と呼ばれる自分。
間違いなく自分の名前とはいえ、そう言ってもいいものかどうか、と時々、思う。
この名は、皆とは「違う」ものだから。
普通の人間が持っている名前、それとは全く違うのだから。
(…今の時代に、実子は存在しないのだがな…)
ミュウどもの世界は別として、とモビー・ディックで出会ったオレンジ色の瞳の子供を挙げた。
トォニィという名を持つ子供は、自然出産で生まれたと聞く。
(他にも複数、ああいうタイプ・ブルーの子供が…)
存在するから、彼らも自然出産児だろう。
その子供たちを別にしたなら、今の世界には「実子」はいない。
子供は全て、人工子宮から生まれて来るもの。
けれど、彼らが「名前」を持つのは…。
(養父母に引き渡された後…)
育ての親が、赤ん坊を見て「名前」をつける。
実子ではない子供であっても、其処に何らかの「思い」をこめて。
(こういう人間になって欲しい、と…)
祈りをこめてつける名もあれば、親の好みを反映したものもあるだろう。
その時々の流行りや、有名人の名前を映した名前。
(…しかし、どういう名付け方でも…)
必ず、ヒトの思いが働く。
どういう子供になって欲しいか、どんな子供を望んでいるか、と。
けれども、「キース」の名には無い「それ」。
周りの者たちは疑いもせずに、「キース・アニアン」と呼んでいるけれど…。
(そもそも、いつから、この名前なのか…)
それさえ分からないのだからな、と唇を歪める。
「人間」だったら、親が名前をつけた時点で、そういう名前の者になるのに。
モビー・ディックで目にした子供も、そうなのだろう。
もっとも、ミュウの世界の事情は、知りようもないことだから…。
(…今では歴史の中にしか無い、名付け親というのが…)
あるいは存在するかもしれない。
彼らが「ソルジャー」と崇める人物、ソルジャー・ブルーやソルジャー・シンなら…。
(名付け親としては、充分だからな)
そのどちらかが名付けただろうか、あの「トォニィ」という名前は。
それとも実の親がつけたか、謎だけれども…。
(…どちらにしても、生まれて間もなく…)
名前を貰って、その瞬間から「トォニィ」になったのが、あの子供。
親も周りの人間たちも、揃って彼を「トォニィ」と呼んで、その中で育って…。
(あの子供自身も、トォニィになってゆくわけだ)
それが自分の名前だからな、とコーヒーのカップに視線を落とす。
「人類の場合も、それは同じだ」と。
養父母が名付けて、周りの者たちが、そう呼び始める。
乳児の間は、ごく限られた狭い範囲の人間だけが「呼ぶ」名前。
引き渡されて名前を貰った直後は、多分、養父母だけだろう。
家の外に出られるようになったら、隣近所の人間たちが…。
(こういう名前の子だ、と養父母に聞いて、その名前で…)
同じように呼んで、次の段階では「友達」と「教師」。
幼い子供が通う学校、其処でも「名前」を使うから。
点呼もそうだし、子供同士で呼び合う時にも、「名前」だから。
そんな具合に、名前と一緒に育ってゆく子。
人間だったら誰でもそうだし、ミュウの世界でも同じこと。
(…サムが記憶を失っても…)
彼が今でも「サム」であることは変わらない。
成人検査を受ける前の世界に戻ってしまって、思い出の中で生きていようと、サムはサム。
彼が待ち続ける養父母たちは、サムのことを「サム」と呼んだから。
どうして「サム」と名付けたのかは、サム自身も知らないことであっても。
(…サムはサムとして育ったわけで…)
幼馴染のミュウの長の名も、彼は未だに忘れていない。
「ジョミー」と懐かしそうに呼ぶ名は、「ジョミー」が持っている名前。
人類の世界から外れてミュウの長になっても、「ジョミー」は「ジョミー」。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
彼は最初から「ジョミー」だったし、ミュウになっても、名まで変わりはしない。
彼が命を失う時まで、彼は「ジョミー」と呼ばれるだろうし、彼自身も、そう自覚している。
自分の名前は「ジョミー」なのだ、と。
人類だろうが、ミュウの長だろうが、「ぼくは、ジョミーだ」と。
(…だが、私には…)
それが無いのだ、と忌まわしい記憶が蘇って来る。
廃校となったEー1077で、初めて目にした自分の過去。
遥か昔にシロエが見付けて、言い残した場所で。
(フロア001…)
其処にズラリと並んでいたのは、大勢の「キース」たちだった。
それと、モビー・ディックで出会った「ミュウの女」と。
彼らはガラスのケースに入って、既に命を失っていた。
ただのサンプル、人間の形をした「標本」。
マザー・イライザが、事も無げに言い放った言葉は、「サンプル以外は、処分しました」。
つまり「他にもいた」ということ。
どの段階まで育ったのかは知らないけれども、「キース」たちが。
フロア001で生まれて、水槽の中で育った者が。
グランド・マザーの命令通りに破壊して来た、過去が眠る墓場。
もうサンプルは存在しなくて、「キース」は一人になったけれども…。
(…私は、いつからキースなのだ?)
誰が「キース」と名付けたのだ、と問い掛けてみても、答えが返るわけもない。
マザー・イライザは、Eー1077ごと、惑星の大気圏に落とされ、燃え尽きて消えた。
イライザに「キース」と「ミュウの女」を造らせた者は、沈黙を守ることだろう。
「どうして私は、キース・アニアンなのですか?」と尋ねてみても。
グランド・マザーが返す答えは、「そんなことなど、どうでもよろしい」。
(……尋ねたことは無いのだが……)
そうしなくても想像はつく、と零れる溜息。
機械が「キース」と名付けたのなら、其処に「思い」は何も無いから。
人間の養父母たちと違って、こめたい思いなどは無いから。
(…恐らく、記憶バンクの中から、適当に…)
選び出された名前が「キース」で、「アニアン」の姓も似たようなもの。
「キース」の生まれを捏造するにあたって、機械が「良し」と判断した姓。
何処の生まれか、何処から来たのか、誰も疑問を持たないように。
「キース」と同じ姓を持つ者、それを探りはしないように。
(どちらも、SD体制が始まるよりも、遥か昔から…)
人間が地球しか知らなかった頃から、存在していた平凡な名前。
(地域や人種で、つける名前は違ったようだが…)
そういう垣根もいつしか崩れて、「つけたい名前」を名付ける時代が来たという。
以前だったら、その子とは違う人種や国籍、それを持つ者しか使わなかった名前でも…。
(自分の子供に名付けることが、ごくごく普通になっていって…)
名前だけでは、生まれも育ちも区別がつかない世界になった。
それでも、姓を耳にしたなら、ある程度のことは分かったらしい。
先祖が何処の人間だったか、何を職業としていたのか、など。
(…名前というのは、本来、そういったもので…)
一人ずつ違った個性を持つこと、それを端的に表すもの。
記号や数字には置き換えられない、とても大切な「ヒト」である証。
なのに「キース」は、それを持たない。
名前を持ってはいるのだけれども、数字や記号と変わらないから。
自分は、いつから「キース」なのか。
フロア001にあった水槽、其処から出された時だと言うなら…。
(…まだしも、救いがあるのだがな…)
生きて出て来たのは「私」だけだ、と、冷めてしまったコーヒーを眺める。
自分以外の「サンプル」や処分された者たち、彼らは「外の世界」を知らない。
だから「水槽の外へ出て来てから」、この名を与えられたのだったら、「キース」は一人。
他に何人の「キース」がいようが、彼らは名前を持たないから。
(…だが、水槽から出されて、直ぐに…)
「お前の名前は、キース・アニアン」と言われて、理解出来るだろうか。
名前の概念は知っていたって、しっくり馴染むものなのかどうか。
(水槽の中で、知識を与え続けていたのなら…)
それも成人検査の年に至るまで、充分な量の、いや、膨大な知識を与えるならば…。
(…私という存在に、全く呼び掛けないままで…)
教育することは可能なのか、と考えるほどに「分からない」。
「ヒト」の頭脳で考える限り、「ただの一度も呼び掛けないまま」での教育は不可能。
教官をやっていた経験からしても、無理なことだと思うけれども、機械だったら出来るのか。
(可能だとしたら、水槽の中では、私も他のサンプルたちと同じで…)
名前は持たずに育ち続けて、世話をしていた研究者たちは、番号で呼んでいたのだろう。
「キース」に直接、呼び掛けはせずに、研究者同士で使った、便宜上の「名前」。
それまでに育てた大勢の「キース」、彼らと区別するために。
(…そうだとしたなら、実は、それこそが…)
私の本当の名ではないのか、と考えて背中がゾクリと冷えた。
「やはり私には、本当の名前などは無いのだ」と。
研究者たちが使った番号、数字と記号を組み合わせたろう、「キース」を指すモノ。
そういう名前で育て上げられて、後に「キース・アニアン」の名を与えられた。
「キース・アニアン」は一人だとしても、名前を持たずに十四年間も育ったならば…。
(……人間ではない、ということか……)
人間なら「名前」を持つのだからな、と虚しくなる。
「私の場合は、番号なのだ」と。
「キース・アニアンという名前の方にも、ヒトの思いは無いのだからな」と…。
持っていない名前・了
※「キース・アニアン」の名は、誰がつけたんだろう、と考えた所から生まれたお話。
いつから「キース」と呼んでいたのか、それさえも謎。キース本人だって怖いだろうな、と。
この名、とキースが心で呟いた名前。
国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
マツカが淹れて行ったコーヒー、それがまだ湯気を立てている。
コーヒーのカップを机に置いてから、マツカは控えめな声で尋ねた。
「他に用事はありませんか?」と。
ごくごく自然に、いつも通りに「キース」と呼んで。
(…確かに私は、キースなのだが…)
部下のセルジュたちも「アニアン閣下」と呼ぶのだけれども、その名前。
「キース・アニアン」と呼ばれる自分。
間違いなく自分の名前とはいえ、そう言ってもいいものかどうか、と時々、思う。
この名は、皆とは「違う」ものだから。
普通の人間が持っている名前、それとは全く違うのだから。
(…今の時代に、実子は存在しないのだがな…)
ミュウどもの世界は別として、とモビー・ディックで出会ったオレンジ色の瞳の子供を挙げた。
トォニィという名を持つ子供は、自然出産で生まれたと聞く。
(他にも複数、ああいうタイプ・ブルーの子供が…)
存在するから、彼らも自然出産児だろう。
その子供たちを別にしたなら、今の世界には「実子」はいない。
子供は全て、人工子宮から生まれて来るもの。
けれど、彼らが「名前」を持つのは…。
(養父母に引き渡された後…)
育ての親が、赤ん坊を見て「名前」をつける。
実子ではない子供であっても、其処に何らかの「思い」をこめて。
(こういう人間になって欲しい、と…)
祈りをこめてつける名もあれば、親の好みを反映したものもあるだろう。
その時々の流行りや、有名人の名前を映した名前。
(…しかし、どういう名付け方でも…)
必ず、ヒトの思いが働く。
どういう子供になって欲しいか、どんな子供を望んでいるか、と。
けれども、「キース」の名には無い「それ」。
周りの者たちは疑いもせずに、「キース・アニアン」と呼んでいるけれど…。
(そもそも、いつから、この名前なのか…)
それさえ分からないのだからな、と唇を歪める。
「人間」だったら、親が名前をつけた時点で、そういう名前の者になるのに。
モビー・ディックで目にした子供も、そうなのだろう。
もっとも、ミュウの世界の事情は、知りようもないことだから…。
(…今では歴史の中にしか無い、名付け親というのが…)
あるいは存在するかもしれない。
彼らが「ソルジャー」と崇める人物、ソルジャー・ブルーやソルジャー・シンなら…。
(名付け親としては、充分だからな)
そのどちらかが名付けただろうか、あの「トォニィ」という名前は。
それとも実の親がつけたか、謎だけれども…。
(…どちらにしても、生まれて間もなく…)
名前を貰って、その瞬間から「トォニィ」になったのが、あの子供。
親も周りの人間たちも、揃って彼を「トォニィ」と呼んで、その中で育って…。
(あの子供自身も、トォニィになってゆくわけだ)
それが自分の名前だからな、とコーヒーのカップに視線を落とす。
「人類の場合も、それは同じだ」と。
養父母が名付けて、周りの者たちが、そう呼び始める。
乳児の間は、ごく限られた狭い範囲の人間だけが「呼ぶ」名前。
引き渡されて名前を貰った直後は、多分、養父母だけだろう。
家の外に出られるようになったら、隣近所の人間たちが…。
(こういう名前の子だ、と養父母に聞いて、その名前で…)
同じように呼んで、次の段階では「友達」と「教師」。
幼い子供が通う学校、其処でも「名前」を使うから。
点呼もそうだし、子供同士で呼び合う時にも、「名前」だから。
そんな具合に、名前と一緒に育ってゆく子。
人間だったら誰でもそうだし、ミュウの世界でも同じこと。
(…サムが記憶を失っても…)
彼が今でも「サム」であることは変わらない。
成人検査を受ける前の世界に戻ってしまって、思い出の中で生きていようと、サムはサム。
彼が待ち続ける養父母たちは、サムのことを「サム」と呼んだから。
どうして「サム」と名付けたのかは、サム自身も知らないことであっても。
(…サムはサムとして育ったわけで…)
幼馴染のミュウの長の名も、彼は未だに忘れていない。
「ジョミー」と懐かしそうに呼ぶ名は、「ジョミー」が持っている名前。
人類の世界から外れてミュウの長になっても、「ジョミー」は「ジョミー」。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
彼は最初から「ジョミー」だったし、ミュウになっても、名まで変わりはしない。
彼が命を失う時まで、彼は「ジョミー」と呼ばれるだろうし、彼自身も、そう自覚している。
自分の名前は「ジョミー」なのだ、と。
人類だろうが、ミュウの長だろうが、「ぼくは、ジョミーだ」と。
(…だが、私には…)
それが無いのだ、と忌まわしい記憶が蘇って来る。
廃校となったEー1077で、初めて目にした自分の過去。
遥か昔にシロエが見付けて、言い残した場所で。
(フロア001…)
其処にズラリと並んでいたのは、大勢の「キース」たちだった。
それと、モビー・ディックで出会った「ミュウの女」と。
彼らはガラスのケースに入って、既に命を失っていた。
ただのサンプル、人間の形をした「標本」。
マザー・イライザが、事も無げに言い放った言葉は、「サンプル以外は、処分しました」。
つまり「他にもいた」ということ。
どの段階まで育ったのかは知らないけれども、「キース」たちが。
フロア001で生まれて、水槽の中で育った者が。
グランド・マザーの命令通りに破壊して来た、過去が眠る墓場。
もうサンプルは存在しなくて、「キース」は一人になったけれども…。
(…私は、いつからキースなのだ?)
誰が「キース」と名付けたのだ、と問い掛けてみても、答えが返るわけもない。
マザー・イライザは、Eー1077ごと、惑星の大気圏に落とされ、燃え尽きて消えた。
イライザに「キース」と「ミュウの女」を造らせた者は、沈黙を守ることだろう。
「どうして私は、キース・アニアンなのですか?」と尋ねてみても。
グランド・マザーが返す答えは、「そんなことなど、どうでもよろしい」。
(……尋ねたことは無いのだが……)
そうしなくても想像はつく、と零れる溜息。
機械が「キース」と名付けたのなら、其処に「思い」は何も無いから。
人間の養父母たちと違って、こめたい思いなどは無いから。
(…恐らく、記憶バンクの中から、適当に…)
選び出された名前が「キース」で、「アニアン」の姓も似たようなもの。
「キース」の生まれを捏造するにあたって、機械が「良し」と判断した姓。
何処の生まれか、何処から来たのか、誰も疑問を持たないように。
「キース」と同じ姓を持つ者、それを探りはしないように。
(どちらも、SD体制が始まるよりも、遥か昔から…)
人間が地球しか知らなかった頃から、存在していた平凡な名前。
(地域や人種で、つける名前は違ったようだが…)
そういう垣根もいつしか崩れて、「つけたい名前」を名付ける時代が来たという。
以前だったら、その子とは違う人種や国籍、それを持つ者しか使わなかった名前でも…。
(自分の子供に名付けることが、ごくごく普通になっていって…)
名前だけでは、生まれも育ちも区別がつかない世界になった。
それでも、姓を耳にしたなら、ある程度のことは分かったらしい。
先祖が何処の人間だったか、何を職業としていたのか、など。
(…名前というのは、本来、そういったもので…)
一人ずつ違った個性を持つこと、それを端的に表すもの。
記号や数字には置き換えられない、とても大切な「ヒト」である証。
なのに「キース」は、それを持たない。
名前を持ってはいるのだけれども、数字や記号と変わらないから。
自分は、いつから「キース」なのか。
フロア001にあった水槽、其処から出された時だと言うなら…。
(…まだしも、救いがあるのだがな…)
生きて出て来たのは「私」だけだ、と、冷めてしまったコーヒーを眺める。
自分以外の「サンプル」や処分された者たち、彼らは「外の世界」を知らない。
だから「水槽の外へ出て来てから」、この名を与えられたのだったら、「キース」は一人。
他に何人の「キース」がいようが、彼らは名前を持たないから。
(…だが、水槽から出されて、直ぐに…)
「お前の名前は、キース・アニアン」と言われて、理解出来るだろうか。
名前の概念は知っていたって、しっくり馴染むものなのかどうか。
(水槽の中で、知識を与え続けていたのなら…)
それも成人検査の年に至るまで、充分な量の、いや、膨大な知識を与えるならば…。
(…私という存在に、全く呼び掛けないままで…)
教育することは可能なのか、と考えるほどに「分からない」。
「ヒト」の頭脳で考える限り、「ただの一度も呼び掛けないまま」での教育は不可能。
教官をやっていた経験からしても、無理なことだと思うけれども、機械だったら出来るのか。
(可能だとしたら、水槽の中では、私も他のサンプルたちと同じで…)
名前は持たずに育ち続けて、世話をしていた研究者たちは、番号で呼んでいたのだろう。
「キース」に直接、呼び掛けはせずに、研究者同士で使った、便宜上の「名前」。
それまでに育てた大勢の「キース」、彼らと区別するために。
(…そうだとしたなら、実は、それこそが…)
私の本当の名ではないのか、と考えて背中がゾクリと冷えた。
「やはり私には、本当の名前などは無いのだ」と。
研究者たちが使った番号、数字と記号を組み合わせたろう、「キース」を指すモノ。
そういう名前で育て上げられて、後に「キース・アニアン」の名を与えられた。
「キース・アニアン」は一人だとしても、名前を持たずに十四年間も育ったならば…。
(……人間ではない、ということか……)
人間なら「名前」を持つのだからな、と虚しくなる。
「私の場合は、番号なのだ」と。
「キース・アニアンという名前の方にも、ヒトの思いは無いのだからな」と…。
持っていない名前・了
※「キース・アニアン」の名は、誰がつけたんだろう、と考えた所から生まれたお話。
いつから「キース」と呼んでいたのか、それさえも謎。キース本人だって怖いだろうな、と。
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