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競えただろう者
(…ついに私もパルテノン入りか…)
 その前に殺されていなければな、とキースが薄く浮かべた笑み。
 何処か自嘲めいた、およそ歓びとは無縁なもの。
 国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に、ただ一人きりで。
 側近のマツカが淹れていったコーヒー、まだ熱いカップが湯気を立てる中で。
 初の軍人出身の元老、それが未来の自分の肩書き。
 グランド・マザーが決めた以上は、間違いなく出来る筈の異例の昇進。
 ただし、就任するよりも前に、暗殺者に命を奪われなければ。
(…その上、元老になった後にも…)
 殺そうとする奴らが出て来るだろうさ、と承知している。
 就任までには、まだ何人もの血が流されることだろう。
 パルテノン入りを果たした後にも、増える一方だろう屍。
(……どいつもこいつも……)
 屑ばかりだ、と忌々し気に舌打ちをする。
 「真っ向から来ても勝てない奴ほど、殺したがる」と。
 しかも自分の手は汚さないで、腕の立つ暗殺者どもを選んで送り込んで来る。
 「キース・アニアン」を消すために。
 自分の出世を妨げる人間、「グランド・マザーのお気に入り」を。
(…どう頑張っても、無駄なのだがな)
 多分、マツカがいる限りは、と零れる溜息。
 マツカの能力をフルに使えば、暗殺から逃れることは容易い。
 銃も爆弾も、毒を盛ることも、キースの命を奪えはしない。
 全てマツカが、未然に防いでしまうから。
 暗殺者も、それを企てた者も、返り討ちにされてしまうのが常。
 そうやって、此処まで昇って来た。
 グランド・マザーに期待されている、唯一無二の人物として。
 屍の山を築き上げた上に、これからも屍を積み上げてゆく。
 冷徹な破壊兵器として。
 血も涙も無い人間なのだと、周囲の者から恐れられながら。
 恐れないのは、ほんの僅かな人間だけで。


 パルテノン入りすれば、敵はもっと増えることだろう。
 「キース・アニアン」を恐れる者も、今よりも更に増えてゆく筈。
 二百年も空位のままになっている、国家主席の座に近付いてゆくほどに。
 「キース」がその手に握る権力、それが大きくなる分だけ。
(…厄介なことだ…)
 望んだわけではないのだがな、と思うけれども、そのために「キース」は生まれて来た。
 正確に言えば「作り上げられた」者。
 Eー1077で、マザー・イライザが無から作った生命。
 人類を導く指導者として、優秀な人材を生み出す実験の成果が「キース」。
 マザー・イライザの最高傑作。
(……そのせいだろうな、屑ばかりなのは……)
 私と対等に競える者など、誰も現れて来ないのは、と情けない限り。
 メンバーズとして世に出て以来、本当の意味での「敵」など、一人もいなかった。
 ジルベスター・セブンに巣食っていたミュウ、ああいう異分子を除いては。
 「キース」と同じ人類の中では、お目に掛かったことさえ全く無い「敵」。
 いわゆるライバル、競い合い、蹴落とし合う相手。
(…Eー1077を卒業した時には…)
 この先は茨の道なのだろう、と覚悟していた。
 自分の「生まれ」など知らなかったから、ライバルとの争いが幕を開ける、と。
 Eー1077でこそ、トップで卒業したのだけれども、世の中は広い。
 先にメンバーズに選ばれた者も、これから選ばれるメンバーズたちも、全てが「敵」。
 彼らと戦い、蹴落とさなければ、昇進してゆくことは出来ない。
 いつかトップに昇り詰めるためには、日々、戦いが続くのだろう、と。
(…そう思ったのに…)
 何処からも現れなかった「敵」。
 「負ける」と恐怖を覚える者など、未だに一人も出会ってはいない。
 それほどに無能な者ばかりなのが「人類」ならば、「作られた」のも仕方ないだろう。
 「キース」を作り出さなかったら、指導者は生まれないのだから。
 メンバーズといえども、無能な者たちが揃っているだけ。
 一般人よりはマシだと言うだけ、ただそれだけのことなのだから。


(…まったく、手応えの無い輩ばかりだ…)
 この世の中はな、と虚しい気持ちで一杯になる。
 セルジュやパスカルといった部下たち、彼らは優秀なのだけれども…。
(……私と勝負出来るのか、という観点から見たならば…)
 やはり私の敵ではない、と考えなくとも即答出来る。
 彼らは「有能な部下」ではあっても、「キース」の立場は務まりはしない。
 国家騎士団総司令の地位さえ、きっと持て余すことだろう。
 どう戦ってゆけばいいのか、いちいち悩んでいるばかりで。
 即断即決、それが出来ると言うにしたって、結果は決して芳しくなくて。
(…Eー1077で過ごした頃から、私の周りは…)
 本当に屑で、どうしようもない者ばかりだった、と思ったけれど。
 「グレイブにしても、年上だったというだけのことだ」と、先輩の顔が浮かんだけれど…。
(……いや、待てよ?)
 あそこには一人だけ、いたのだった、と気付いたライバル。
 「キース・アニアン」と競い合うことが出来た「敵」。
(……セキ・レイ・シロエ……)
 彼だ、と鮮やかに蘇った記憶。
 遠い昔に、鎬を削って戦った相手。
 まさに好敵手と言えたライバル、それが「シロエ」だ、と。
(…シロエは、私を成長させるために選び出されて…)
 Eー1077に来たのだけれども、彼の才能は「本物」だった。
 「キース・アニアン」と競い、戦える人物を選んだのだから、当然だろう。
 条件としては、それに加えて「ミュウ因子を持っている」ということ。
 そうでなければ、「キース」の成長を促す糧にはならないから。
 シロエが人類だった場合は、「キースに処分させる」ことは不可能。
 だからこそ、シロエはEー1077に連れて来られて、「キース」に消された。
 シロエ自身は、自らの意志と生き方を貫き通して、宇宙に散ったつもりでも。
 撃墜されて死ぬ瞬間まで、一片の悔いも無かったとしても。


 けれど、そうなる以前の「シロエ」。
 「キース」と繰り広げていたトップ争い、其処にはミュウの因子など…。
(…関係してはいなかった筈だ)
 何故なら、シロエは「サイオンに目覚めていなかった」から。
 ミュウの力が覚醒する前、それがシロエがトップ争いをしていた時期。
(……つまり、シロエの才能は……)
 「本物」だったということになる。
 キースと互角に戦えたほどの、好敵手。
 今日までの人生で、ただ一度だけ、出会えた「ライバル」。
 それなら、シロエが「キース」の糧にされることなく、無事に成長していたなら。
 「マツカ」が今でも生きているように、成人検査をすり抜け、巧みに生きていたなら…。
(…めきめきと頭角を現して…)
 メンバーズ・エリートとして機械に選ばれ、順調に昇進出来ただろう。
 「シロエ」に、その気があったなら。
 マツカのように「隠れてやり過ごす」よりも、「打って出る」道を選んでいたら。
(…そうだな、シロエだったなら…)
 あの強い意志を持った彼なら、出世する道を選んだと思う。
 上手く生き延び、機械の裏をかくために。
 地位が上がれば上がってゆくほど、機械は「シロエ」を消せなくなる。
 もしも「シロエ」を処分したなら、貴重な人材を失うから。
 「ミュウかもしれない」と疑ったとしても、実際には手を出せないだろう。
 シロエが優秀なメンバーズならば、彼を慕う有能な部下たちも増える。
 得難い人材になればなるほど、機械には、もう手も足も出ない。
 どれほど「シロエ」が怪しくても。
 「ミュウではないか」と疑うくらいに、体制批判をしていたとしても。
(…そして、そういうシロエだったら…)
 その抜きん出た才能でもって、「キース」のライバルになっていた筈。
 どちらが優れたポストに就くのか、争い合って。
 戦果を、能力を常に競い合い、何かと言えば蹴落とし合って。
 「キース」の地位が先に上がれば、じきに「シロエ」が追い抜いてゆく。
 目覚ましい戦果や成果を叩き出しては、「それじゃ、お先に」と。


 シロエが「糧」にされなかったら、そうなったろう。
 ただ一人きりの「キース」のライバル、国家主席の座を争う相手。
 きっと手応えがあっただろうし、いい人生になっていた筈。
 無味乾燥な「今」と違って、「ライバルのシロエ」がいたならば。
(…普段は互いに、憎まれ口を叩き合っていても…)
 ふとしたはずみに、意気投合することもあったのだろう。
 シロエがしていた「体制批判」は、まるで頷けないこともないから。
 「確かにそうだ」と思わされる面も、あの頃から「キース」の内に存在していたから。
(……シロエ……)
 お前が私の「糧」でなければ、と、ただ、悔しい。
 「一方的に選び出されて」殺されはせずに、生きていてくれたなら。
 ミュウであることを上手く隠して、ライバルになっていてくれたなら、と。
(…そうすれば、もっと…)
 私の人生も違ったものに、と思うけれども、もういない「シロエ」。
 彼一人だけが、「本物」の才能を持っていたのに。
 「キース」の能力に匹敵する力は、彼しか秘めていなかったのに。
(…そして、お前はミュウなのだから…)
 私よりも「向いていた」のかもな、と冷めてしまったコーヒーを喉へと流し込んだ。
 歴史がミュウに味方している、「今」だから。
 「ミュウ因子を持ったシロエ」がトップの地位にいたなら、処し方があったかもしれない。
 人類が無駄な犠牲を払わず、生き延びる道が。
 ミュウとの共存は不可能としても、「キース」には思いもよらない「何か」。
 それを「シロエ」なら打ち得ただろう、と分かるからこそ、悲しくて、惜しい。
 「シロエ」が宇宙の何処を探しても、見付かるわけがないことが。
 自分がこの手で、殺したことが。
 「シロエ」が今も生きていたなら、全ては違っていただろうから。
 人類には希望があっただろうし、「キース」がトップに立っていようと、その点は同じ。
 ライバルとして競い合えるシロエは、「良き友」でもあった筈だから。
 的確な助言をすることが出来る、優秀な人物だったろうから…。



            競えただろう者・了


※アニテラも原作も、ライバル皆無で優秀なキース。けれどシロエなら、ライバルになれた筈。
 もしもシロエが、キースのために選ばれた「糧」でなければ、全ては違っていたかも…。









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