(……ぼくの誕生日……)
この日にアルテメシアを離れたんだ、とシロエが眺める日付。
E-1077の個室で、夜更けに一人きりで。
誰にでもある、パーソナルデータ。
それを表示させては、確認してゆく様々なこと。
今では顔さえおぼろになった、両親の名前や誕生日など。
「今夜は思い出せるだろうか」と、記憶の欠片を其処に求めて。
機械が消してしまった過去。
「捨てなさい」と機械が冷たく命じて、奪い去って行った子供時代の記憶。
こうしてデータを見詰めてみても、どれも実感が伴わない。
其処に画像は入っていなくて、両親の面差しも分からないから。
(…十四歳になった子供は…)
その日に成人検査を受ける。
「目覚めの日」と呼ばれる、大人社会への旅立ちの時。
故郷のエネルゲイアで暮らした頃には、その日を心待ちにしていた。
十四歳の誕生日を迎えなければ、「ネバーランドよりも素敵な地球」には行けない。
父が「シロエなら、行けるかもしれないな」と、教えてくれた人類の聖地。
其処に行くには、まずは成人検査から。
立派な成績で通過したなら、エリートだけが行く教育ステーションへの道が開ける。
そう、このE-1077のようなステーション。
(ステーションでも、いい成績を取り続けたら…)
いつか地球にも行けるだろう、と努力を重ねた。
学校のテストは常にトップで、その座を守り続けられるように。
エネルゲイアは「技術関係のエキスパート」の育英都市だし、他の学問も自ら学んで。
(技術者になるなら、学校の勉強だけでいいけど…)
エリートになるには、それでは足りない。
幅広い知識を身に付けなければ、エリート候補生にはなれない。
懸命に学んで、学び続けて、待ち続けた日。
大人社会への旅立ちだという、「目覚めの日」。
十四歳の誕生日が早く来ないかと、「そうすれば地球に、一歩近付く」と。
今から思えば、愚かだった自分。
「目覚めの日」が何かを知りもしないで、憧れて待っていたなんて。
「早く誕生日が来ればいいのに」と、指折り数えていたなんて。
目覚めの日を迎えてしまった子供は、過去の記憶を失くすのに。
機械が無理やり、全てを奪ってしまうのに。
(……馬鹿だったよ……)
自分から罠に飛び込むなんて、と後悔しても、もう遅い。
「目覚めの日」も、故郷のエネルゲイアも、遥か彼方に消え去った後。
失くしてしまった記憶ごと。
あちこち穴が開いたみたいに、抜け落ちてしまった「過去」と一緒に。
(…誰も教えてくれなかったから…)
「目覚めの日」と呼ばれるモノの正体。
その日が来たなら何が起こるか、「セキ・レイ・シロエ」はどうなるのか。
(ぼくは、何一つ知らなくて…)
ただ未来への希望に溢れて、「その日」の朝も家を出た。
「行ってきます」と、両親に手を振って。
宝物のピーターパンの本だけを持って、「未来」に向かって、颯爽と。
そうして「歩き出した」自分が、どうなったのか。
何処で機械に捕まったのか、それさえ今では思い出せない。
「嫌だ!」と叫んで、逆らったことは覚えていても。
子供時代の記憶を手放すまいと、無駄な足掻きをしていた記憶は消えなくても。
(…あれは何処だったんだろう?)
テラズ・ナンバー・ファイブと呼ばれる、成人検査を行う機械。
あの化け物と何処で出会ったか、まるで全く覚えてはいない。
出会った後には、どうなったかも。
抗い続けた記憶の後には、ぽっかりと穴が開いているから。
(…此処に来る宇宙船の中まで…)
飛んでしまっている記憶。
ただ呆然と暗い宇宙を見ているだけの、「此処への旅」の所まで。
そんな具合に奪われた過去。
希望に溢れて旅立つ筈が、逆様になってしまった日。
(……十四歳になる誕生日なんて……)
いっそ来なければ良かったのに、と思いさえもする。
きっと一生、「あの日」を忘れないだろう。
機械に与えられた屈辱、過去の記憶を奪われた日を。
そうなる前は、「誕生日」という日が好きだったのに。
目覚めの日は憧れの「待ち遠しい日」で、それよりも前の誕生日は…。
(…目覚めの日に、少し近付ける日で…)
あと何回、と数えて待った。
何度「誕生日」を迎えたならば、「目覚めの日」が来てくれるだろうかと。
早くその日が来ればいいのにと、未来への夢を抱き続けて。
(…それに誕生日は、パパとママがお祝いしてくれて…)
ケーキや御馳走、それに誕生日のプレゼント。
子供心にも嬉しかったし、毎年、心が躍ったもの。
「パパとママは、何をくれるかな?」と、誕生日プレゼントのことを思って。
どんな御馳走が食べられるのかと、「今年のケーキは、どんなのかな?」などと。
(……とても素敵な日だったのに……)
最高の記念日だったというのに、それを「忌まわしい日」に変えられた。
過去を奪ってしまう機械に、憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブに。
(…ぼくの人生で、最高の日を…)
最悪な日に変えてしまうだなんて、と噛んだ唇。
「あの日」を境に、何もかも失くしてしまったから。
両親も故郷も、子供時代の思い出なども。
(……全部、失くして……)
こんな所に連れて来られた、と尽きない悔い。
こうなるのだと分かっていたなら、心待ちになどしなかったのに。
「十四歳になる誕生日」を。
誰もが瞳を輝かせて待つ、「目覚めの日」の名を持っている日を。
(……誕生日に、全部失くすだなんて……)
あんまりすぎる、と今でも涙が零れる。
そうなる前には、一年で一番、楽しみにしていた日だったのに。
あと何日で誕生日が来るのか、毎年、毎年、待っていたのに。
(寝る前にも、カレンダーを眺めて…)
誕生日までの残りの日数、それを数えていた自分。
「もうすぐだよ」とか、「まだ一週間以上あるよね」とかいった調子で、御機嫌で。
(…本当に、楽しみだったのに…)
クリスマスよりも、ニューイヤーよりも、ずっと眩しく輝いていた日。
世界の全てが「自分のために」あるようで。
目にするものが、どれも「シロエの誕生日」を祝ってくれているようで。
(…風も光も、誕生日のは特別だったんだよ…)
いつもよりも、ずっと輝いてたよ、と懐かしんでいて、気が付いた。
その「輝いていた」風や光を、「覚えていない」ということに。
眩いほどに思えた「それら」に、実感さえも無いことに。
(……ぼくの誕生日は……)
どういう季節だったっけ、と考えてみても、「知識」しか無い。
エネルゲイアがあった「故郷の星」では、何の季節に当たるのか。
雲海の星のアルテメシアは、その季節には、どんな風や光をエネルゲイアに運ぶのか。
(……嘘だ……)
そんな…、と信じられない思い。
人生で一番輝いていた日を、「残さず忘れてしまった」なんて。
その日の故郷の風も光も、知識だけしか無いなんて。
(…目覚めの日だって、覚えていない…)
家を出た後、どういう光に照らされて歩いて行ったのか。
吹き抜けてゆく風が、何を運んでくれたのか。
(……風にも匂いがある筈なのに……)
花の香りや、木々の葉の匂い。
他にも色々な「季節の匂い」を、風は運んで来るものなのに。
冬枯れの景色が広がる時さえ、肌を切るような冷たさを帯びて吹き付けるのに。
けれど、「知識」しか無くなった「風」。
頭上から照らす太陽の光も、「誕生日のもの」を覚えてはいない。
「暑い夏には、眩しい」としか。
「冬には日差しも弱くなる」とか、そういう理屈くらいしか。
(……ぼくの誕生日は、ちゃんとデータに残ってるのに……)
自分でも日付を覚えているのに、消えてしまった「誕生日」。
一年で一番眩しく感じた、「最高の日」の風は、どうだったのか。
「最高の日」を祝ってくれた太陽、それはどういう光だったか。
(……日付しか覚えていないんじゃ……)
無いのと変わらないじゃないか、と悔しくて頬を伝い落ちる涙。
人生の節目が「誕生日」なのに、だから「目覚めの日」と重なったのに。
(…パパ、ママ、教えて……)
どんな日だったの、と顔さえおぼろな両親に向かって、心の中で問いかける。
「ぼくの誕生日は、どんな日だった?」と、「ぼくに教えて」と。
記憶の中を探っていっても、もう季節さえも分からないから。
「この日付ならば、こんな季節だ」と、「知識」が残っているだけだから…。
忘れた誕生日・了
※アニテラで誕生日が分かっているのは、キースだけ。シロエが調べてましたしね。
そのシロエにも「誕生日」はあった筈なのに、と考えていた所から出来たお話。
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