(……このピアス……)
やはり気になっていたようだな、とキースが思い浮かべる男。
国家騎士団総司令に会いに、今日の昼間に執務室まで訪ねて来た者。
今、パルテノンで審議されているらしい「キース・アニアン」のこと。
元老になるよう要請するか、国家騎士団に留め置くかを。
(そのための下見というわけか…)
執務室までやって来たのは、元老の一人ではなかったけれど。
元老の中の誰かの部下か、あるいはパルテノン直属の職員なのか。
(いずれにしても、品定めだ)
「キース・アニアン」が「どういう男」か、それを調べにやって来た者。
表立っては言わなかったものの、言葉の端々に滲み出ていた。
政治に対する考え方だの、国家騎士団総司令としての心構えだのを訊かれたから。
「どうお考えになりますか?」などと、インタビューでもするかのように。
彼が「持ち帰った」情報を元に、改めて審議されるのか。
それとも「答え」はとうに出ていて、イエスかノーかが決まるだけなのか。
(私は、どちらでもかまわないがな…)
国家騎士団総司令だろうが、パルテノンに入ることになろうが。
「人類を導く者」としてなら、いずれ間違いなくトップに立つ。
どんな形で就任するかは、グランド・マザー次第だけれど。
(腑抜けたパルテノンの元老どもが、私を認めないのなら…)
クーデターでも起こすことになるのかもしれない。
ある日、突然、グランド・マザー直々の指令を受けて。
「お前がトップに立たねばならぬ」と、紫の瞳がゆっくり瞬きをして。
そうなった時は、即座に行動を起こす。
直属の部下を密かに動かし、元老どもを袋の鼠にするくらいのことは実に容易い。
彼らが翌日の朝日を見られないよう、永遠の眠りに就かせることも。
(…殺すよりかは、心理探査が似合いだろうがな)
精神崩壊を起こすレベルで、容赦なく。
「レベル10だ」と、眉も動かさずに部下に命じて。
いつか就く筈の「国家主席」と呼ばれる地位。
SD体制始まって以来、就任した者は数えるほど。
今も空位で、「キース・アニアン」が着任するまで、誰も就かないことだろう。
「キース」は、そのように作られたから。
人類の指導者となるためだけに、機械が無から作った生命。
(そんなことなど、誰一人、知りはしないのだがな…)
研究者たちは、皆、殺された。
グランド・マザーの命令だったか、マザー・イライザが指示を下したか。
「キース・アニアン」が完成した後、彼らは「生きて」戻れなかった。
E-1077という所から。
強化ガラスの水槽が並ぶ、フロア001が「在った」教育ステーションから。
命じられた「仕事」をやり遂げた「彼ら」を待っていたのは、口封じの「処分」。
「これで帰れる」と思っただろうに、事故に遭遇した宇宙船。
研究者たちは、一人残らず宇宙に散った。
彼らよりも後に「秘密を知った」シロエが、そうなったように。
シロエの場合は、宇宙船の事故ではなかったけれど。
(…研究者どもと、それにシロエと…)
誰もが死んでしまった以上は、もはや知る者さえ無い秘密。
E-1077を処分したからには、フロア001も「無い」から。
(そこまでして、私を作った以上は…)
元老たちを殲滅してでも、「キース」はトップに立たねばならない。
そうでなければ、「キース」が生まれた意味さえも無いし、人類の指導者は生まれないまま。
パルテノンの者たちは、そうと気付いていないけれども。
「出る杭は打たねばならない」とばかりに、暗殺計画を立てもするけれど。
(しかし、そろそろ限界らしいな)
今日の昼間にやって来た男、彼の来訪の目的から見て。
「キース・アニアン」を調べに来たなら、「その日」は、さほど遠くはない。
元老として迎え入れられるにしても、拒絶されてクーデターを起こすにしても。
近い間に、「キース・アニアン」は、パルテノンにいることだろう。
ただ一人きりの元老としてか、新参者になるかは分からないけれど。
(…今日と同じに、皆が私を見るのだろうな…)
他の席にも、元老が座っていたならば。
クーデターを起こしての着任ではなく、正式に元老の一人に就任したならば。
きっと彼らは、「キース」を見る。
遠慮会釈がある筈もなくて、「初の軍人出身の元老」となった異色の者を。
「あれがそうか」と、「冷徹無比な破壊兵器と訊いているが」と、浴びるだろう視線。
そして「彼ら」の好奇の瞳は、「キースの耳」へと向けられる。
今日の男がそうだったように。
話の合間に、チラリチラリと「見ていた」ように。
(…ピアスをしている軍人などは…)
いないからな、と百も千も承知。
女性の軍人も多いけれども、彼女たちでさえ「つけてはいない」。
上級士官になった場合は、「女性だから」と許されることもあるものの…。
(装身具の類は、軍紀で禁止になっているのが常識で…)
特別に申請しない限りは、下りない許可。
ピアスだろうが、指輪だろうが、ブレスレットやネックレスだろうが。
認識票さえ、表立っては「つけない」もの。
けれども「キース」が「つけている」ピアス、それは何処でも人目を引く。
軍の中でも、休暇で任務を離れた時も。
(男がピアスをつけているなど…)
普通の職業では、まず有り得ない。
注目を浴びる「スター」だったら、身を飾ることもあるけれど。
ピアスやブレスレットや、ネックレスなどで派手に飾りもするのだけれど。
(一般社会で働く者なら、せいぜい結婚指輪くらいで…)
男のピアスは「珍しい」もの。
まして軍人がつけているなど、誰の目で見ても「奇妙なこと」。
(元老の一人に選ばれたとしても…)
やはり同じで、「あれを見たか?」と皆が囁き交わすのだろう。
何処へ行っても、耳のピアスに視線を向けて。
「どうしてピアスをつけているのか」と、「まるで女のようではないか」と。
国家騎士団の中にいてさえ、目立ったピアス。
身につけて直ぐに昇進したから、さほど話題にならなかっただけ。
(二階級特進で、上級大佐になったのではな…)
それまでの「少佐」とは格が違うし、誰も無遠慮に眺めはしない。
上級大佐よりも上の階級、それに属する者は少ない。
そういった「上の階級の者」も、「キース」の任務と働きぶりは知っている。
グランド・マザーが直接、指名するほどだと。
下手に「キース」に口出ししたなら、自分の首が危ういのだと。
(…露骨に見る者は無かったが…)
きっと今でも、ピアスが気になる「軍人」は多いことだろう。
教官時代に教えたセルジュや、パスカルといった直属の部下も、その内に数えられるだろう。
彼らでさえも、「知らない」から。
「人の心を読む化け物」の、マツカでさえも「気付いてはいない」。
どうしてピアスをつけているのか、「何で出来ている」ピアスなのか。
あれほど何度も、「サム」の見舞いに足を運んでいるというのに。
(…ピアスを作ってくれた医者には、口止めをしてあるからな…)
サムの赤い血で出来ているピアス。
「そういうピアスを作って欲しい」と頼んだ医師には、口止めと、充分すぎる謝礼と。
今ではサムの主治医の「彼」は、生涯、誰にも喋りはしない。
SD体制がミュウに倒され、「キース」が死んだら別だけれども。
その状況で、「彼」が生き残っていたら、だけれど。
(…そうなった時は、ジョミー・マーキス・シンが知るのか…)
ジルベスター・セブンで対峙した時、彼が「見抜けなかった」こと。
どうして「キース」が「あそこに行ったか」、耳のピアスは「何だったのか」。
(ミュウの長でも、私の心は読めないからな…)
ソルジャー・ブルーの方であったら、読まれていたかもしれないけれど。
「友人の仇を取りに来たのか」と、一瞬の内に。
(しかし、あいつも読み取らなくて…)
ピアスの正体は知られないままで、ついに此処まで来てしまった。
誰に話す気も持たないだけに、「ただのピアスだ」と思われたままで。
クーデターを起こしてトップになっても、元老として迎えられても、話しはしない。
耳のピアスは何のためなのか、何で出来ているピアスなのかは。
(…サムとの友情の証だなどと…)
言おうものなら、きっと足元を掬われる。
「キース・アニアン」にも、「人情」があると知られたら。
友の見舞いに通っているのは、パフォーマンスではないと知れたなら。
(…私の口からは、きっと一生…)
話さないから、永遠に誰も「知ることはない」ままだろう。
サムの赤い血で出来たピアスを、「キース」がつけていたことは。
ミュウに敗れて、「ジョミー」が知る日が来ない限りは。
(…それも悪くはないのだがな…)
一人くらい知ってくれていても、という気もするのは、恐らく「ヒト」だからだろう。
無から作られた生命とはいえ、友がいて、「情もある」のだから。
冷徹無比な破壊兵器でも、「キース」も「ヒト」には違いないから…。
話さない秘密・了
※キースがピアスをつけている理由は、誰一人、知ってはいないわけで…。その材料も。
とんでもない噂になった話はネタ系で書いてしまいましたけど、こっちはシリアス。