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レアすぎる名前

(……厄介な……)
 既に混乱し切っているな、と顔を顰めたキース・アニアン。国家騎士団総司令。
 一日の執務を終えた後の時間、自室で向かったパソコンの画面。これが二十一世紀辺りの地球であったら、そのモニターに映っているのは、フェイスブックとでも言っただろうか。
 首都惑星のノアはもちろん、全宇宙規模で広がるネットワーク。かつてはマザー・ネットワークだけが仕切っていたのに、今はそうではなくなった。
(発言の自由まで、セットものか…)
 自由アルテメシア放送とは、よくも名付けた、と昔馴染みながら忌々しい。E-1077で共に学んだスウェナ・ダールトン、彼女が立ち上げた放送局の名前。
(最初の頃には、電波ジャック程度に思っていたが…)
 ヤバイ橋を渡りまくった挙句に、今やミュウの側についているのがスウェナ。
 ミュウの母船が最初に向かったアルテメシアに、単身、乗り込んで行った辺りで立っていたフラグ。幼馴染だったミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと、どんな話がついたやら…。
(…ミュウが制圧した惑星では、自由アルテメシア放送が通信システムを握っていて…)
 いわゆるテレビなどの類はもちろん、その他の通信網まで掌握したから、それが問題。
 誰もが気軽に眺めるフェイスブックなどまで、今ではミュウが入り込む始末。まだ人類の支配下にある惑星だったら、異分子のミュウが「フェイスブックをやる」ことなど、有り得ないというのに…。
(どいつも、こいつも…)
 プロフィールがモロにミュウではないか、と苦々しいキモチ。
 表示されている楽しげな写真、それは「人類の写真」であるべきなのに、ミュウが山ほど。フェイスブックからして「このザマ」だから、もうあちこちのレストランとかの口コミなどまで、気付けば「ミュウが入り込んでいた」。
 最初に陥落したアルテメシアは当然のことで、他の惑星でも幅を利かせるミュウたち。
(…実に腹が立つ…!)
 堂々と人権を持ちやがって、と殴り付ける机。
 ミュウが「情報を発信する」など、あんまりと言えば、あんまりな世界。
 ひと昔前なら、マザー・システムを批判しただけでブラックリストで、処分されても仕方なかった。シロエの場合は「ミュウ因子を持っていた」のだけれど…。
(あいつが、本物のミュウでなくても…)
 充分、ロックオンだっただろう。要注意人物で、場合によっては処分もやむなし、と。


 ところがどっこい、時代は変わった。
 今やネットに溢れまくるのが「ミュウたちの声」で、こうして国家騎士団総司令部からアクセスしたって、フェイスブックにミュウが山ほど。
(…おまけに実名登録だからな…)
 あの忌々しいモビー・ディックに「乗っている」輩までもが、「やっている」始末。
 流石に「ジョミー・マーキス・シン」は混ざっていないけれども、ブリッジクルーを名乗る者やら、迎撃セクション勤務の者まで、人類に混ざってフェイスブック。
 もう本当に腹が立つわけで、彼らの名など見たくもない。他の惑星にいる「元は人類だった」ミュウやら、研究所などから解放されて、人生を謳歌するミュウの名前も。
(いったい、何人いるというのだ…!)
 この宇宙でフェイスブックをやっているミュウは…、と検索してみて、ゾッとした。とんでもない数のミュウのプロフィールがヒットしたから、たまらない。
(……此処までなのか……!)
 一割、いや二割くらいはミュウだろうか、という勢い。
 それだけのミュウが何処から湧いたか、考えるだけでも恐ろしい。フェイスブックをやっていないミュウの数も考えたら、人類はヤバイかもしれない。
(…いや待て、人類もまだまだ捨てたものでは…)
 勝機はある、と対サイオンの戦法なんかを確認しながら、ふと戯れに「マツカ」というミュウを探してみた。本物のマツカはフェイスブックをしないけれども、「同名のが、いるかも」と。
(ほほう…)
 やはりいたか、と見付けた「マツカ」。姓が「マツカ」だから、男性ばかりか、女性もいる。顔はマツカに似ていないけれど、ミュウだと思えば「ミュウの顔か」という気もする。
(…マツカという名の、人類の方は…?)
 そちらはどうだ、と検索したら、ミュウよりは遥かに多かった数。ホッと一息、人類にもまだ救いはある。同じ「マツカ」の数で言うなら、人類の方が多いのだから。
(他の名前も、まあ似たようなものだろう)
 セルジュはどうだ、とブチ込んでみると、ミュウにも、人類にも「いた」セルジュ。こっちは名前で調べただけに、ドカンと数が多かった。
 セルジュ・バトゥールだとか、セルジュ・テイラーだとか。


(…なるほどな…)
 スタージョンで絞ればどうなるだろう、とキースが追加した「苗字」の方。するとガッツリ引っ掛かったわけで、「まさか、セルジュが!?」と慌てたけれど。
 フェイスブックは軍紀で禁止だというのに、「やっていたのか!?」とビビったけども…。
(……別人か……)
 同姓同名の一般人か、と納得の結果。
 宇宙全体では「何人もいた」セルジュ・スタージョンは、軒並み、全て別人だった。国家騎士団に所属している、セルジュ・スタージョン大尉とは。
(…すると、マツカも…?)
 宇宙には「ジョナ・マツカ」も何人もいるのだろうか、と戯れに打ち込んでみると、これまた複数ヒットした。オシャレなことに、ミュウの側にいる「マツカ」まで。
(……うーむ……)
 あのマツカとは別人なのだが、と見入ってしまう「ミュウの」ジョナ・マツカ。まさかミュウにも同名の者がいるなんて、と皮肉に過ぎる現実に。
(…こうなるとだな…)
 きっとパスカルも、グレイブなんかもいるのだろうな、と端から打ち込み、「もれなく」存在することを知って、零れる溜息。
 人類にも、ミュウにも、パスカルもグレイブも「いる」ものだから。「グレイブ・マードック」という名の、ミュウまで存在しているから。
(…………)
 この有様では、きっと「キース」も間違いなくいる。
 今の今まで「オンリーワン」だと思い込んでいた、「キース・アニアン」という人間だって。
(…たまたま、同じ名前のメンバーズがいなかったというだけで…)
 一般人なら、「キース・アニアン」の名を持つ者もいるだろう。見た目は似ても似つかなくても、中身もすっかり別人でも。
(それこそ、フェイスブックにだな…)
 もう思いっ切り「おバカな」写真をアップしている「キース・アニアン」、そんな輩も。
 「こいつが、私と同じ名前か!?」と泣きたくなるほど、情けないようなスカタンな「キース」。絶対にいるに違いないから、ちょっぴり指が震えてしまう。
 「この先は禁断の扉なのでは」と、「調べたら、後悔するのは」などと考えたりして。


 けれど、キースも「人間」ではある。
 機械が無から作ったものでも、三十億もの塩基対を合成した上、DNAという鎖を紡いで「ヒト」に仕上げた存在でも。
 ゆえに「好奇心」だって持っているから、止められなかった「自分の指」。
 パソコンのキーをカタカタ叩いて、「キース・アニアン」という名を打ち込むのを。「私と同姓同名の者は、宇宙に何人いるというのだ?」と、検索させる指示を出すのを。
 宇宙に広がるマザー・ネットワークと、全宇宙帯域でさえ力を発揮する「自由アルテメシア放送」の方と、両方が答えて来たのだけれど…。
(なんだって…!?)
 いないのか、と驚かされた検索結果。「キース・アニアン」という人間はゼロ。人類はもちろん、ミュウの方にも「キース・アニアン」は「いなかった」。
 本当に、ただの一人でさえも。人類にも、化け物のミュウどもの世界にだって。
(……これはまた……)
 私の名前は珍名なのか、と「この年になって」初めて知った現実。
 遠い昔の地球の「日本」、其処でだったら、とても困ったことだろう。出先で「ハンコを忘れた」と気付いて、慌てて店に駆け込んでも、目的のブツが手に入らなくて。
 出来合いのハンコ、いわゆるシャチハタ。それが「まるで売られていない」パターン。観光名所などで土産に売られる、ご当地名物の「竹のハンコ」とかも。
(…そうだったのか…)
 その「日本」に生まれなくて良かった、と撫で下ろした胸。
 メンバーズならぬ、「できるサラリーマン」、そういうキースは「ハンコを忘れはしない」けれども、万一ということはある。
(社運がかかった取引の席に、ハンコを忘れて行くというのも…)
 絶対に「無い」とは言い切れないから、「今で良かった」と、つくづく思うキースは知らない。そんな席では「シャチハタは使えない」ことを。なにしろ時代が違いすぎて。
(……日本に生まれなくて良かった……)
 宇宙規模でも「無い」珍名なら、日本のような小さな国では、完璧にアウトだったろう。自分の他には誰一人いない「珍名」なんぞは、シャチハタも無い。
 今の時代でさえ、「いない」のだから。…日本とは、桁違いの数の人間がいても。


(…レアものの名前だったのだな…)
 そして私はオンリーワンか、と視点を変えれば気分がいい。
 この広大な宇宙に「キース・アニアン」は一人、きっと「世界で一つだけの花」。シャチハタな日本の古いヒット曲に、そういう曲があったらしいけれども、そのものズバリ。
(今の時代でさえ、オンリーワンだ…!)
 キース・アニアンは一人だけだ、と誇らしい。他には一人もいないのだから。
 「セルジュ・スタージョン」やら、「ジョナ・マツカ」やらは、宇宙に何人も転がっている。他の部下たちも、「グレイブ・マードック」も、同姓同名が何人も。
 それなのに、いない「キース・アニアン」。
 なんと素晴らしい名前だろうか、とマザー・イライザに感謝したくなる。
(理想の子だ、と言っていただけはあって…)
 名前まで「誰とも被らない」ものを寄越したのか、と悦に入っていて、ふと気が付いた。
 遠い昔の日本だったら、シャチハタも無い、という知識は「機械が教え込んだ」もの。理想の指導者は膨大な知識を持つべきだ、と水槽の中で流し込まれたものだけれども…。
(…そのシャチハタが、無かった者たちは…)
 珍名だけあって、「その一族」しか持っていない苗字、そんな人間たちだった。婚姻などで少し増えたりしても、広がらなかった「珍しい姓」。
 けれども、「キース・アニアン」の場合は、どうだろう。
(…キースは、普通にいるのではないか?)
 特に珍しいとも思えんが…、とキーボードを叩いて検索させたら、膨大な数の「キース」が出て来た。それこそ人類も、ミュウも、山ほど。
(だったら、アニアンが珍しいのか…?)
 あまり聞かないが…、とブチ込んでみると、こちらも「相当な数」がヒットした。人類にも、ミュウにも「アニアン」は「いる」。
(……珍しい姓では、なかったのか……)
 そうなってくると、「キース・アニアン」という「組み合わせ」の結果がレアなのだろう。
 「アニアン」の姓を持っている者たち。彼らが養父母になって、息子に「キース」と名付けなかったら、「キース・アニアン」は誕生しない。
(しかしだな…)
 そんなことなど、あるのだろうか、と不可解ではある。誰一人「思い付かない」なんて。


 実に不思議だ、とキースは思って、「オンリーワン」の誇りも何処へやら。
 「もしや、マザーが関与したのでは」と心配になって。
(……キース・アニアンという名前自体が、もう本当にオンリーワンではあるまいな…?)
 これが「禁じられた組み合わせ」でないなら、他の時代にも「いる」だろう。
 「キース・アニアン」という名の人間が。
 激しく馬鹿でも、犯罪者でも、この際、なんでもいいから「出会いたい」。
 そう考えて叩くキーボード。「今の時代にいないのだったら、過去のキースを」と。
(おおっ…!?)
 けっこうな数がいるではないか、と検索結果に覚えた感動。
 ところが、大勢の「キース・アニアン」のデータ、それは残らずSD体制以前のもの。名も無い一般人の「キース・アニアン」もいれば、軍人も学者もいるけれど…。
(……SD体制が始まってからの、六百年近く……)
 キース・アニアンは「一人もいなかった」。
 つまりは「封印された名前」で、いつか「理想の子」が完成した時に名付けるべく…。
(…お蔵入りだったというわけか…!)
 そんな「オンリーワン」は要らん、とキースは頭を抱える。
 これでは「名前まで呪われた」ようなものだから。
 無から生まれただけでもショックで、「あんまりだろう」と思いもしたのに、名前まで「ソレ」を証明するモノ。
(もうちょっと、普通の名前でいい…!)
 せめてシャチハタ…、とキースの苦悩は尽きない。
 もはやリーチに思える人類、それを導くために「作り出された」自分自身が気の毒すぎて。
 生まればかりか、その名前までが「オンリーワン」なんて、もはや退路も無さそうな感じ。
 もっと普通の名前だったら、「他人です」とも言えたのに。
 「同姓同名の別人なんです」と逃げも打てたというのに、どうやら自分は無理っぽい。
 オンリーワンの生まれに名前で、もう最後までオンリーワンな人生だから…。

 

          レアすぎる名前・了

※いや、「キース・アニアン」って名前は、誰が付けたのかと思ったわけで…。
 理想の指導者に名付けるんなら、きっと普通じゃないだろう、というお話。レアものです。









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