(またしても出たか、ソルジャー・ブルー…!)
あの厄介なミュウの長が、とグランド・マザーは歯噛みしていた。巨大な白亜の像のようにも見える巨大コンピューター、それに「歯」があるかは、ともかくとして。
時にSD350年ほど、ジョミーやキースの時代までには、まだまだ遠い。
(アルタミラで、滅ぼし損ねたばかりに…)
よくも、とグランド・マザーの怒りは激しい。
宇宙のあちこち、義賊よろしく出没するのが「ソルジャー・ブルー」。そう名乗っているミュウの若造、いや、若いのは外見だけかもしれないけれど。
(何処から「ソルジャー」などという名を…!)
あいつは、ただの「ブルー」ではないか、と実験動物として扱った時代を思い出しては、腹を立てる機械。やたらと目ばかり大きかったのが「ブルー」、全く成長しないまんまで、子供の姿で。
(それが育って、マントなんぞを翻して…)
行く先々でミュウの研究施設を襲って、仲間を救出しているらしい。本当だったら、とっくの昔にメギドで焼かれて、「はい、さようなら」だった筈なのに。
アルタミラにいたミュウどもも全部纏めて丸焼き、それで終わりになっていたのに。
(なのに、あいつは逃亡して…)
今や「ソルジャー・ブルー」と名乗る義賊で、下手な海賊より始末が悪い。なんと言ってもミュウの長だし、このまま行ったら、異分子なミュウを集めて束ねて…。
(SD体制に、真っ向から挑んでくるやもしれぬ…)
それはマズイ、と冷静に巡らせてゆく思考。
どうすれば、憎い「ソルジャー・ブルー」を消せるのか。この宇宙から葬り去れるか。
(残念なことに、人類という生き物は…)
軍人以外は、安穏とした日々を好むもの。「平々凡々の人生でもいい、楽だったら」というのが、彼らの生き方。一般人がそうだからして、軍人の方も全くアテにならない。
(メンバーズのような、エリート軍人を除いたら…)
まるで無いのが、「やる気」というヤツ。
頑張らなくても年功序列で、それなりに上へ行けるから。特にヘマさえしなかったなら。
そういう「やる気」の無い軍人たち、彼らが多くたむろするのが辺境星域。
ソレイドだとか、ペセトラだとか、それなりに名前の知れた基地でも、「やる気ナッシング」な軍人が多い。それよりも更にマイナーな場所となったなら…。
(とにかく、定年まで勤め上げればいい、というだけの…)
どうしようもない軍人ばかりで、そういった所に出没するのが「ソルジャー・ブルー」。
お蔭で毎回、逃げられてばかり。
「出た」という報告とセットものなのが、「逃げられました」という情けないヤツ。おまけに、その報告をかます軍人どもは…。
(してやられたとも、悔しいとも思っておらぬのだ…!)
其処の所をなんとかせねば、とグランド・マザーは思考する。
たかが「ソルジャー・ブルー」ごときに、メンバーズを出すのはまだ早い。辺境星域のヘボ軍人ども、彼らに始末をさせるのが理想。
けれど彼らに無いのが「やる気」で、「やる気」にパアッと火を点けるなら…。
(やはり、賞金がいいであろうな)
分かりやすいのは目先の金だ、と弾き出した答え。
メモリーバンクに詰まった数多の情報、地球が滅びる遥か前からの歴史なども全て入っている。遠い昔から、軍人どもに「やる気」を出させる方法の王道、それが褒賞。
(勝ったら一国一城の主にするとか、こう、色々と…)
そう煽った末に成功した例は山ほどなのだ、とグランド・マザーはニンマリと笑う。そういった笑みを浮かべる唇、そいつの有無はスルー推奨。
「とにかく金だ」と、早速、全宇宙に向けて出した通達。
曰く、「ソルジャー・ブルーを倒した者には、金貨十万枚を与える」。
口約束になっては駄目だし、そのための口座も用意した。金貨十万枚をポンと用意で、賞金首を見事に持って来たなら、どんなにヘボい軍人だって…。
(金貨十万枚なのだしな…?)
さぞや頑張ってくれるであろう、と期待は大きい。
これで「ソルジャー・ブルー」も終わりだと、金貨十万枚を支払う日も近い、と。
ところがどっこい、「ソルジャー・ブルー」は捕まらなかった。
「賞金首だ!」と、銃だの船だので襲い掛かっても、華麗に躱して逃げられたオチ。辺境星域のゴロツキ軍人、彼らがせっせと追い回しても無駄で、そうこうする内に…。
(…伝説のタイプ・ブルー・オリジン…)
そんな渾名までついてしまって、「ソルジャー・ブルー」は逃走しまくって…。
(……最近、あやつの名を聞かぬな……?)
くたばったのであろうか、とグランド・マザーが思う間に、アルテメシアに潜伏されていた。
かつてアルタミラから逃亡した船、それを巨大な船に改造して。
次のソルジャー候補と思しき、ジョミー・マーキス・シンまで攫って。
(…まだ、おったのか…!)
あのミュウめが、と歯軋りしたって、どうにもならない。
憎い「ソルジャー・ブルー」は船ごと、アルテメシアを出て行った。惑星上からワープなどという外道な技で、宇宙の何処かへ。
ようやくのことでミュウの拠点を見付け出した時は、十五年ほど経っていて…。
(今度は、こちらにも最高の人材がいるからな…)
奴に任せておけば良かろう、とグランド・マザーが指名したのが、キース・アニアン。
マザー・イライザが無から作ったエリート、彼ならばきっと…。
(あの憎たらしい、ソルジャー・ブルーを血祭りに…)
出来るであろう、とグランド・マザーは、ほくそ笑む。「これで、あのミュウも終わりだ」と。
そしてキースは期待通りに、キッチリと仕事をしたのだけれど…。
「アニアン少佐! よく御無事で…!」
あのメギドから生還なさるとは、とキースは部下たちに取り囲まれた。「流石です」と。
「いや、このくらいは大したことではない。…残党狩りはどうなった?」
グレイブの艦隊は掃討作戦に向かったのか、と尋ねたキースに、逆に尋ねたのがパスカル。
「少佐、例のミュウはどうなったのです?」
「ソルジャー・ブルーなら、死んだと思うが」
あの有様では生きてはいまい、とキースは冷たい笑みを浮かべた。何発も弾を撃ち込んだ上に、メギドそのものが大爆発。生き残れたわけがないだろうから。
そうしたら…。
「なんてことを…!」
奴の死体が無いのでは…、とセルジュが色を失い、他の部下たちも慌て始めた。
「金貨十万枚ですよ、少佐!?」
「それもずいぶん昔の話で、今だと利息が膨らみますから…」
一億枚かもしれません、などと皆が騒いでも、キースにはサッパリ見えない話。金貨十万枚とは何を指すのか、一億枚なら何なのか。
「お前たち、何の話をしている?」
「ですから、ソルジャー・ブルーですよ!」
伝説の獲物を狩りに出掛けてゆかれたのでは…、とセルジュが応じた。
ソルジャー・ブルーは伝説のミュウで、遥か昔から賞金首。グランド・マザーが設けた口座に、今も巨額の賞金が眠っているのだ、と。…利息がどんどん膨らむままに。
「少佐もご存じなのだとばかり…。賞金首と言うほどですから、奴の首が無いと…」
「そうです、あいつの首を届けない限り、賞金は貰えないのですが…!」
なんということをしてくれたのです、と部下たちの嘆きは深かった。
「伝説の獲物」を狩りに出掛けて行ったキースに、誰もが期待していたから。
「きっと、ソルジャー・ブルーの死体を引き摺ってお戻りになる」と、「いや、首かも」と。
けれどキースは世情に疎くて、何処までも「機械の申し子」だった。
賞金首など全く知らない、「水槽育ち」。部下たちがどんなに泣き叫ぼうとも、時すでに遅し。
そういったわけで、「ソルジャー・ブルー」に懸かった賞金、そいつは宙に浮くことになった。
金貨十万枚から膨らみまくって、それは素敵な金額になっていたものだから…。
(…あれを支払わずに済んだのだし…)
金は有効活用せねば、とグランド・マザーは思考を続ける。
あれだけあったら、きっと人類の技術の粋を集めた、最新鋭の新造船が…。
(造れるであろうな、充分にな…)
今こそ、「ゼウス級」を建造するべき時だ、と下した決断。
現在あるのは、「アルテミス級」が最大なわけで、その上を行く船はまだ無いのだから。
(ミュウが人類に牙を剥く前に、ゼウス級の建造を急がせねば…)
かくして出来た新造戦艦、ゼウス級・一番艦、「ゼウス」。
それがミュウとの決戦の時に、人類軍の旗艦となるのだけれども、そんなことなどキースは知らない。自分が貰い損ねた賞金、それが戦艦に化けたなど。
ソルジャー・ブルーに懸かった賞金、それで「ゼウス」が造られたことは。
(ゼウス級・一番艦、旗艦ゼウスか…)
あのグレイブが褒めるだけあって、いい船だ、と何処までも世間知らずなキース。
本当だったら、その「素晴らしい船」を造れるだけの、賞金ゲットだったのに。
ソルジャー・ブルーの価値さえきちんと知っていたなら、部下にも賞金大盤振る舞い、もう最高の英雄になれた筈だったのに…。
賞金の行方・了
※「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と言われた割には、どう伝説なのか謎だったブルー。
そこへ「伝説の獲物」なわけで、賞金首でもいいよね、と。半端ない賞金らしいですよ?