ぼくの名前は、セキ・レイ・シロエ。
(…本当は、セキ君なんだけれどね…)
うんと平凡に、「関」なんだけど。
関って苗字で、名前がシロエ。こっちは片仮名。
だけど、学校ではセキ・レイ・シロエで通ってる。先生にだって。
(入って直ぐの、英語の時間に…)
日本語は一切、喋っちゃいけないハードな授業。ネイティブの先生がやって来る。
「自己紹介も英語でプリーズ」って言われたから、ちょっと凝りたくなった。
この高校に入学する時、ツイッターとかの名前を全部、「セキレイ」で統一してたから。
それまでの緩かった私立中学校から進学校へ、公立だけど特進コース。
(心機一転といきたいもんね?)
だからセキレイ、何故セキレイかは、また後で。
とにかくセキレイ、その名前もアピールしたかったから…。
(自己紹介の英語で、思いっ切り…)
ミドルネームと洒落込んだ。
本当だったら「シロエ・セキです」と言うべき所を、「セキ・レイ・シロエ」。
ネイティブの先生と、クラスのみんなに、そう言った。
「セキ・レイ・シロエと呼んで下さい」って。
他の英語もパーフェクトだったし、先生が思わず「ワンダホー!」って叫んだほど。
お蔭で、ぼくは「セキ・レイ・シロエ」。
担任の先生も、他の教科の先生だって、「関君」よりも「シロエ君」。
出席を取る時も、茶目っ気のある先生だと…。
(セキ・レイ・シロエ! って…)
やってくれるから、面白い。
生粋の日本人なのに、関君なのに、セキ・レイ・シロエ。
ちょっぴり有名人の、ぼく。
この春に入った今の高校、実は其処では…。
(入った時から、ちょっと有名…)
首席で入って、新入生代表の挨拶をしたのも、理由の一つなんだけど。
もう一つ、かなり知られたネタ。
(ひき逃げ事故の被害者だしね?)
去年の暮れに、塾の帰りにはねられた。
乗ってた自転車ごと、大型バイクに衝突されてしまった夜。
ぼくはショックで意識不明で、何も覚えていないんだけど…。
(はねた男が消えちゃったんだよ)
そういう、ミステリアスな事故。
ぼくを自転車ごとはねた犯人、バイクに乗ってた若い男は溜池に落ちた。
たまたま冬で水を抜いてて、犯人は溺れはしなかったけれど…。
(泥まみれになって、警察官に手錠をかけられて…)
其処までは何人もの人が見ていた。警察官だって、しっかり見てた。
だけど、パトカーに乗せようとしたら…。
(そいつ、何処にもいなかった、って…)
パパとママからも、警察の人からも、そう聞かされた。
病院で読んだ新聞の記事にも、おんなじことが書かれていた。
「消えたひき逃げ犯」って見出しで、死亡事故ってわけじゃないのに、とても大きく。
ぼくの町では、凄く有名になった事故。
犯人捜しの似顔絵ポスター、それは今でも貼ってある。
事故現場を扱う警察署の玄関前にある掲示板と、事故現場に立ってる目撃情報を募る看板。
(犯人が消えたのも、不思議だけれど…)
バイクが盗まれたヤツだったことも、話題になった理由かも。
最初の間は、消えた犯人は、バイクの持ち主の大学生だと思われてたから。
そいつなんだ、って警察が学生アパートに出掛けて捕まえようとしたら、まるで別人。
しかもバイクが盗まれてたから、盗難届を出しに行こうとしていた所。
(盗んだバイクで事故を起こして、おまけにドロンと消えちゃうなんてね?)
ミステリー作家もビックリな事故で、ぼくが死んでたら、きっと小説になってたと思う。
ぼくは何かの組織に属する、裏の顔がある中学生。
それを消しに来たのが別の組織とか、でなきゃSF小説みたいな設定。
(でも、ぼく、死んでいないから…)
有名人になったというだけ、「あの事故に遭った中学生だ」って。
今の高校に入った時にも、アッと言う間に広がった噂。
(でもって、今じゃ、セキ・レイ・シロエで…)
上級生だって知っている。
クラブの先輩じゃない人だって、気軽に声を掛けて来る。
「シロエ、犯人、見付かったか?」って。
夏休みになったら、犯人捜しをしようって動きもあるくらい。
高校生が犯人を見付け出したら、表彰されて大手柄。
新聞にだって載せてくれるし、今の世の中、ツイッターとかで…。
(全国区のニュースで、時の人だし…)
やりたい生徒は、とても沢山。
男子も女子も、夏休みになったら謎解きしようと思ってるみたい。
ぼくと一緒に現場に出掛けて、遺留品探しとか、ちょっとオカルトもどきとか。
「霊の仕業だ」って言ってる子だって多いから。
夏休みは肝試しにもってこいだし、「はねられた時間に行ってみようぜ」って声だとか。
ぼくの学校、特進コースでも「塾に行かない」のが売りの学校。
「授業をきちんと聞いていたなら、何処の大学でも合格出来ます」って。
クラブ活動だって楽しく、それでホントに名門大学に受かっちゃう。
だから夏休みも全力投球、犯人捜しも遊びの内。
そんなこんなで、毎日、充実してるけど。
(パパとママにしか言ってないけど…)
あの事故の時に、ぼくは不思議な体験をした。
はねられて意識が無かった間に、見ていた夢がSFなんだ。
(ぼくは宇宙船で…)
何処かを目指して飛んでいた。
それが何処かは分からないけど、とても素敵な場所に向かって。
(いつまでも、何処までも飛び続けるんだ、って…)
幸せ一杯で飛び続けてたら、真っ白な光に包まれた。
着いたんだ、って思った途端に、目が覚めた場所が病院のベッド。
ぼくの腕には点滴の針で、頭は包帯でグルグル巻きで。
(変な夢を見たよ、って話したら…)
パパは笑ってこう言った。
「個性的な臨死体験だな、シロエ」って。
ママも泣きながら笑ってた。
「三途の川とか、お花畑は無かったの?」って、「無事で良かった」って。
もしも光に包まれたままで飛んで行ったら、ぼくは死んでたかもしれない。
パパとママとが病院に着くのが、もう少しだけ遅かったら。
「シロエ!」って呼ぶ声が聞こえて来なかったなら。
(…ホントに不思議で…)
だけど気持ちが良かった夢。
宇宙船の中でも、あの真っ白な光の中でも、ぼくは飛んでた。
まるで鳥みたいに飛び続けていて、とても幸せだった夢。
(…だから、セキレイ…)
ふと思ったんだ、「夢の中のぼくは、ホントに鳥みたいだった」って。
鳥になるなら何がいいかな、って漠然と思い始めてて…。
今の学校に合格した後、自転車で行ってみた事故現場。
溜池にはまだ水が少しだけ、殆ど底が見えてる状態。
乾いてひび割れた泥だらけのトコを、一羽の鳥が跳ねてった。
小さな魚が残っていないか探しに来ていた、尻尾の長い可愛い小鳥。
(セキレイだよね、って…)
眺めていたら、閃いた名前。
ぼくは「関」だし、「セキレイ」がいい、って。
高校に行ったら、そういう名前で色々やるのが素敵だよね、って。
そう思ったから、ぼくは「セキレイ」。
英語の時間にカッコ良くキメて、今は「セキ・レイ・シロエ」だけれど…。
(…あれ?)
まただ、と眺めた、ぼくの左側。
(誰もいないよね…?)
今は放課後でクラブ活動の時間、弓道部に入っているのが、ぼくなんだけど。
こうして弓を構えてる時や、矢を射た後の瞬間とか。
(ぼくの左に…)
とてもよく知っていた誰かが立ってる、そんな気がする時がある。
ぼくと同じに弓を構えて、真剣な顔で的を射ている誰か。
弓道なんか、中学じゃやっていないのに。
やりたかったけれど無かったクラブで、剣道部所属だったのに。
(でも、左側…)
確かにいたんだ、って気がする誰か。
その誰かの顔が、例のひき逃げ犯の似顔絵にとても似ているだなんて…。
(…ウッカリ話したら、オカルト研究会の出番で…)
もう間違いなく、夏休みは引っ張り出されるから。
「お前も来いよ」って、毎日のように犯人捜しに連れて行かれて、大変だから。
(黙っていなくちゃ…)
でないと弓道の大会に行けるメンバーに選ばれないよ、って目の前の的を真っ直ぐに睨む。
勉強もクラブも全力投球、弓も一位を目指すんだから。
(集中、集中…)
左側なんて気にしない。
ぼくと弓道で競った相手は、クラブの先輩しかいないわけだし…。
(同級生よりは、ぼくが上だよ)
大会に行くのはぼくなんだから、って弓を構えて放った矢。
的のド真ん中、見事に当たった。
(ふふっ、実力…)
大会出場メンバーの一人は、絶対に、ぼくで決まりだと思う。
セキ・レイ・シロエで、大会でも、きっといい成績。
光の加減で紫に見える、瞳のぼくが。
「関君」だけれど「セキ・レイ・シロエ」で、「セキレイ」を名乗る、このぼくが。
(夏休みだって…)
うんと頑張る、朝早く起きて、クラブ活動。
それに勉強、ひき逃げ犯を捜しに行くよりも。
ぼくをバイクではねた犯人、それが誰でも気にしない。
(…もしも、SFの世界だったら…)
弓を射る時、ぼくの左側に立っているような気がする誰か。
黒髪にアイスブルーの瞳の、ハーフかもしれない犯人は、きっと、ぼくの知り合い。
(そうだったら、とても面白いけど…)
有り得ないから、犯人捜しをやっているより、断然、クラブ。
そっちの方がいいに決まってる。
弓道部代表、セキ・レイ・シロエ。
いつかは主将になってみたいし、全国大会一位の座だって、ぼくの大きな夢なんだから…。
奇跡のその後・了
※「師走の奇跡」の後日談を、というリクエストを貰ったら、こうなったオチ。
弓道部に入ったシロエの左にいるのは、もちろんキース。ステーション時代の記憶です。
イロモノ時代からの最古参の読者様、リク主でらっしゃるI様に捧ぐv