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(あいつがもう少し丈夫だったらなあ…)
ブルーの身体が弱くなければ、とハーレイはフウと溜息をついた。夜の書斎で。
今日も学校で出会ったブルー。小さなブルー。
顧問を務める柔道部の朝練、それが終わった直後に出会った。
まだ柔道着を着ていた自分を、眩しそうに見詰めていたブルー。
「ハーレイ先生、おはようございます!」とペコリと頭を下げてくれたブルー。
少し立ち話をしたけれど。
今日はそれだけ、ブルーのクラスの授業は無い日で、ブルーの家にも寄れなかった日。
そんな日にはふと思ってしまう。夜の書斎で考えてしまう。
もしもブルーが丈夫だったら、もっと一緒に過ごせるのに、と。
小さなブルーは前と全く同じに弱くて、体育の授業も休みがち。
出席した日もサッカーなどの途中で挙手しては休み、体力の温存に努める生徒。
だから出来ないハードな運動、柔道部などは夢のまた夢。
ブルー自身もたまに言うけれど、「ハーレイのクラブに入りたかったな」と言うけれど。
ハーレイの方でもそれは同じで、ブルーにクラブに居て欲しかった。
自分が指導しているクラブに、朝と放課後とに教えるクラブに。
(もしもあいつが柔道部にいたら…)
ハーレイがいるから、と入部して来てくれたなら。
学校で一番のチビであっても、まるで女の子のように見えるチビでも、きっと。
目をかけてやって、伸びるようにと指導してやって、腕の立つ子にしてやれただろう。
ブルーは頑固で努力家なのだし、性格はとても柔道向き。
礼儀正しくて負けず嫌いで、おまけに前世はソルジャー・ブルー。
自分の命を捨ててメギドを沈めたほどの勢い、武道の道でも伸びそうだけれど。
小柄でも強い柔道の選手は少なくないから、ブルーも強くなれそうだけれど。
(…如何せん、元の身体がなあ…)
朝の走り込みだけでダウンしそうな、か弱いブルー。
練習前のストレッチだけで息が上がりそうな、虚弱なブルー。
柔道どころか体育の時間も満足にこなせず、休んでばかりの小さなブルー。
自分でも充分に分かっているからだろう、柔道部への入部届けを出してはこない。
思い込んだら後には引かない性格のくせに、それだけは提出してこない。
却下されると踏んでいるのか、思い付きさえしないのか。
小さなブルーが懸命に書いた入部届けは見てみたいけれど、出て来ないまま。
考えてみると少し寂しい、「入部届けさえ出して貰えないのか」と。
小さなブルーは入れそうにない柔道部。
入れたとしても、次の週には辞めていそうな柔道部。
まるで練習についていけないと辞めてしまうか、保健室送りで辞めることになるか。
どう考えても、小さなブルーと柔道部の時間は重ならない。
柔道部に入ってくれさえしたなら、入れさえしたら、もっと一緒に過ごせるのに。
朝の授業が始まる前に一緒に練習、放課後も時間いっぱい練習。
放課後の部活が終わった後には、二人一緒に帰れるのに。
「お前の家まで乗って行くか?」と車に乗せてもやれるのに。
そうしてブルーの家までドライブ、夕食を二人で食べられる。
今日の部活はどうだったかとか、柔道の話に興じながら。
(遠征試合も行けるんだがなあ…)
他の柔道部員と一緒に、ブルーを連れて。
路線バスに乗って他の学校との試合に出掛けて、見事勝利を収めたら食事。
負け試合でも食事するのは同じだけれども、勝った時には豪華な食事。
「俺のおごりだ」と財布の紐を緩めて大盤振る舞い、部員たちの歓声が上がるひと時。
そういった場所にブルーがいたなら、小さなブルーもいてくれたなら…。
どんなにいいか、と思うけれども、ブルーは其処にはいないから。
柔道部にも入って来てくれないから、入れないから、夢物語。
(もう少し、丈夫だったらなあ…)
一人前の選手にするのに、チビでも強いと評判の選手が育つだろうに。
前のブルーと同じに育てば、それは美しい若武者だろうに。
そういう夢を描いてみる。
柔道着を纏った小さなブルーを、一本背負いを決める大きく育ったブルーを。
叶わないから、夢に見る。
もしもブルーが丈夫だったら、柔道部に入ってくれていたら、と…。
柔道部は無理・了
(こんなものだったな…)
このくらいだった、とハーレイは両腕で輪を作ってみた。
まるで何かを抱き込むかのように、胸よりも少し下の辺りで。
確かめるようにそれを見てみる、自分の両腕が作っている輪を。
こんなものだと、このくらいの感じだったのだ、と。
(こんなに小さくなりやがって…)
そう思うけれど、愛おしい。
自分の両腕が作ってみせる輪、その輪の中に収まる大きさ。
小さな小さな、それは小さなブルーの身体を抱き締めた。
もう一度この腕に抱くことが出来た、遠い昔に失くしてしまった恋人を。
メギドへと飛んで、戻らなかったブルーの身体を。
奇跡のように戻って来てくれた、小さなブルー。
十四歳の子供の身体で、生まれ変わった少年の身体で。
再会の抱擁はほんの僅かな間だったけれど、この腕で確かに抱き締められた。
その時に両方の腕が作っただろう輪、それを何度も何度も作る。
ほどいては作り、作ってはほどく。
このくらいだったと、このくらいの身体を、温もりを抱いた、と。
小さなブルーの命の温もり、それを感じた両の腕。
抱き込んだ胸は自分の熱さで、高鳴る鼓動でもう一杯になっていたから。
どこまでがブルーの温もりだったか、どこまでが自分の熱さだったか、分からない。
今となっては定かではなくて、なんとも頼りなくおぼろげなもの。
確かにブルーを抱いていたのに、抱き締めたというのに、幻のようで。
代わりに腕が憶えていた。
このくらいだったと、この輪の中にブルーが居たと。
(本当に小さかったんだ…)
遠い記憶の中、幾度も抱き締めた恋人の身体は華奢だったけれど。
細く儚く見えたけれども、それでも大人と言えるものではあったから。
今の小さなブルーよりかは、ずっと大きく育っていたから。
抱き締めた時に腕が作る輪は、この輪よりも、もっと…。
(…このくらいはあった筈なんだ…)
こうだ、と愛した人の身体に回していた腕の輪を作ってみた。
小さなブルーの身体に合わせて作っていた輪を、そっと広げて。
(…そうだ、このくらい…)
数え切れないほどに何度も抱き締めた身体、細かったブルー。
けれども、こうして輪を作ったら。
その身体に見合う輪を作ってみたなら、なんという違いなのだろう。
なんと小さな身体なのだろう、今の小さな小さなブルーは。
(…このくらいしかないんだ、あいつ…)
今はこうだ、と輪を縮めた。
小さなブルーの身体に合わせて。腕が記憶していた、その大きさに。
こんなに小さな輪だというのに、それがどれほど愛おしいか。
どれほどに愛しく、何度もこの輪を作りたくなるか。
(…俺のブルーだ…)
此処に帰って来てくれたんだ、と小さなブルーが収まっていた輪を作り出す。
この腕の中にブルーが居たと、小さくなって帰って来てくれたと。
何度も何度も腕で輪を作る、ブルーを抱き締めた両腕で輪を。
そこにブルーはいないけれども、こうするだけで胸が温かくなる。
ブルーは此処に帰って来た。
小さな小さな、こんなに小さな輪にすっぽりと収まってしまう身体で。
(小さくても、あいつは俺のブルーだ…)
もう離さない、と腕で輪を作る。
今度こそ、けしてブルーを離しはしない。
腕の中から飛んでゆかせない、こうして輪を作り、閉じ込めよう。
ブルーは戻って来たのだから。
この腕の輪の中に、確かな命の温もりと共に…。
腕で作る輪・了
内緒だけれど。
ホントのホントに誰にも内緒で、秘密だけれど。
パパにもママにも言えない秘密で、友達にだって言えないけれど。
(ちゃんと恋人がいるんだよ、ぼく)
しかも、先生。学校の先生でうんと年上、二十三歳も上の先生。
ぼくの大好きなハーレイ先生、片想いじゃなくて、ホントの恋人。
ぼくのことを「チビ」って呼ぶけれど。
キスも許してくれないけれども、それでもホントに恋人なんだ。
だって、学校では「ブルー君」だけど、ぼくの家では「ブルー」って。
「俺のブルー」って呼んでくれたりする日だってある、ぼくの恋人。
学校で会ったら「ハーレイ先生」、ぼくの家ではただの「ハーレイ」。
だけど先生、ぼくの先生。
ぼくとハーレイ、出会いは学校。ぼくの学校で初めて出会った。
忘れもしない五月の三日に、ハーレイが転任して来たから。
新しくやって来た古典の先生、会った途端に一目惚れ。
お互いストンと恋に落ちた、って言ったらロマンチックだけれど。
恋した途端にぼくは血まみれ、ハーレイの方は大慌て。
ぼくに聖痕が出ちゃったから。右目や肩から血が溢れたから。
とんでもなかった恋の始まり、出会いの後は救急車。
告白する間も、される間もなくて、見事に気絶しちゃった、ぼく。
ハーレイが一緒に救急車に乗って来てくれたことも知らずに気絶していた、ぼく。
気が付いた時は病院のベッド、もうハーレイはいなかった。
学校に帰って行ってしまって、ぼくの側にはいなかった。
だけど壊れなかった恋。消えてしまわなかった一目惚れ。
ハーレイはぼくを好きなまんまで、ぼくもハーレイを好きなまま。
恋した途端にぼくが気絶で、告白する間も無かったけれど。
されてる暇も無かったけれども、恋はきちんと伝わった。
ぼくとハーレイとは恋人同士で、今だってずっと、恋人同士。
きっと嘘だと言われると思う、こんな恋だと話したら。
告白する間も、される間も無くて、それでも恋人同士だなんて。
しかもお互い、一目惚れ。会った途端に恋をした。
嘘みたいだけれど本当の話、ホントのホントにあったこと。
五月の三日に起こった出来事、学校の先生に恋をしちゃって、先生の方も…。
(ぼくもハーレイも、両想い…)
片想いなんて、していない。ほんの一瞬も、していやしない。
お互いに好きで、一目惚れ。会った瞬間、もう両想い。
告白なんかは要りもしなくて、される必要も何処にもなくて。
ストンと恋に落ちてしまって、もう運命の恋人同士。
ぼくはハーレイしか見えやしないし、ハーレイもぼくしか見ていないんだ。
だって、そういう恋だから。ホントに恋人同士だから。
誰にも言えない恋の秘密は、恋の始まりよりも前。
出会う前から恋人同士で、前のぼくたちの恋がまた始まった。
ぼくもハーレイも生まれ変わりで、生まれ変わる前にも恋人同士。
ぼくたちの恋は前の続きで、だけど前よりもっと素敵で。
(今度はちゃんと…)
学校の先生と生徒でいる間が終わったら。
ハーレイを「先生」と呼ばなくていい日がやって来たなら、もう堂々と恋人同士。
誰にも内緒にしなくてもいいし、手だって繋げる。何処へだって行ける。
前のぼくたちには出来なかった恋が、誰もが祝福してくれる恋が出来るぼくたち。
その日が来るまで、先生と生徒。
誰にも内緒で、秘密の恋。パパにもママにも、友達にだって。
だけど幸せ、ホントに幸せ。
ぼくの大好きなハーレイ先生、ぼくの家ではただのハーレイ。
そんなハーレイに恋をしたことが、ハーレイ先生に恋をしたことが、とても幸せ。
ぼくの恋人は学校の先生、誰にも内緒で秘密だけれど。
いつか秘密じゃなくなった時は、先生はもうぼくの先生じゃない。
ぼくの恋人、ぼくだけの恋人、手を繋いで歩いていける人。
ずうっと二人で歩いて行くんだ、幸せ一杯の未来に向かって…。
恋人は先生・了
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